半艇身以上も出し抜いたスタートから、外に何もさせずに先マイ。その瞬間、ピットには拍手が鳴り響いている。装着場で観戦していた選手たちからのものだ。先頭で2マークを旋回。2マークの目の前で見ていた後輩の清埜翔子が両手を掲げてぴょんぴょんと飛び跳ねた。それに前田紗希も続く。2周2マークでも二人が飛び跳ね、そして3周2マーク。他の支部の選手たち――たとえば守屋美穂と寺田千恵を応援していた岡山支部や、地元東京支部の面々――も、清埜たちと同じように飛び跳ねていた。そこにいた選手全員が、飛び跳ねていたのだ。
浜田亜理沙、おめでとう!
ピットに戻ると、出迎えた仲間たちに向かってガッツポーズを見せた浜田。会見で本人が明かしたところによると、角ひとみと岩崎芳美にそう命じられていたのだとか(笑)。そんな浜田に、エンジン吊りのために集まった選手全員が、手を振って祝福していた。そう、残っていたすべての選手が、浜田の戴冠を祝福したのだ。
ピットに上がると、角とハグを交わす。今節、角と岩崎のアドバイスが、浜田を後押ししていた。今日も緊張感をほぐすように、そばにいてくれたのだという。浜田は元広島支部だから、デビューからお世話になってきた先輩のひとりが角だ。広島勢はすでにレースを終え、帰郷していて当然なのに、角は最後まで残った。浜田のために。浜田にとって、真っ先に優勝を報告したかったのが角であり、また岩崎であっただろう。
その後、係留所ではボートに乗艇してのプレス撮影が行なわれている。まず浜田が単独で撮られ、つづいて仲間たちが浜田を取り囲んだ。それを角は、輪の後方で涙ぐみながら眺めていた。「感動しちゃった」と呟きながら。ともに残っていた實森美祐が、角にも一緒に写真に収まることを促した。しかし角は遠慮して、足を踏み出そうとしない。そのとき、浜田が叫んだ。「角さーん! 角さーん!」。浜田本人から呼ばれれば行かないわけにはいかない。實森にさらに背中を押されて、角は浜田のもとに走った。その記念写真は、浜田にとっても角にとっても、忘れられないものになったことだろう。
それにしても、だ。角をはじめ周囲が涙していたため、浜田もウルウルしていたとはいうが、遠目からは泣いているようには見えなかった。とにかく笑顔で、落ち着いた様子で祝福を受け、やはり落ち着いてインタビューやウィニングランに臨んでいる。そんな浜田を、池田浩美と長嶋万記が覗き込んでいた。「あ、泣いてない。旦那は泣いて、本人は泣かない」。えーと、誰も中田竜太が泣いているのを誰も確認してません、もちろん(笑)。実際には泣いてたかもしれないけど。次にピットで会ったら聞いてみよう(笑)。つまり、感激の涙が滂沱と流れてもおかしくない場面で、それくらい浜田は落ち着いていたということだ。緊張感はあったと思うが、それも落ち着き払って押しのけて、浜田は勝った。完勝です!
会見ではもちろん、中田とともに地元戸田クラシックに出場することへの喜びも語っている。今年の目標は、12人に残ること。そして来年の目標は、SGに出ること。そう段階を踏んで目標を立てていたところに、SG出場、それも地元での夫婦出場が手に入った。これが10回目の優勝となったが、図抜けて忘れられない優勝となったことだろう。
これがGⅠ初優勝だから、すべての行事が終わったあとはもちろん水神祭も行なわれています! 埼玉支部勢に地元東京勢、さらに山下友貴や今井美亜らも加わって、まっすぐタテに持ち上げてから落とすという、「せり上がりスタイル」という新しいスタイルで浜田は水面に落とされました。そして、参加していた選手も次々にドボン! 今節は実に温暖な気候のなかで行なわれたが、さすがに宵闇迫る水面は寒そう! それでも浜田には、本当にホットな水神祭になったことだろう。クラシックではSG初勝利の水神祭も期待してますよ!
2着は遠藤エミ。3着は守屋美穂。内寄りであり、格上でもある二人が順当に浜田に続いた。遠藤はわりと淡々とした様子でピットに上がり、その後の報道陣の取材も同じように受けている。もちろん納得できる成績ではないだろうが、それを粛々と受け止めているように見えた。ちなみに、敗れたが今年の賞金女王は遠藤エミである。
一方、守屋は涙を流している。上位3人が記念品を受け取る表彰式に向かう途上、ハンカチを口元に当て、ときに空を見上げて、しんしんと涙を流した。レディースチャレンジカップの優勝選後の涙は、1号艇をモノにできなかった部分もあっただろう。3号艇の今回の涙は、明らかにこのタイトルを手にすることへの強力な意欲があったことの証しである。3年前にレディースチャンピオン優勝戦を1号艇で敗れたとき、少なくともレース直後に涙は見えなかったのだが、今年はこの1カ月で立て続けに……。今の守屋には、獲らねばならないという切迫感もあるのかもしれない。次こそは歓喜の涙を。昨年のレディースオールスター制覇で流した涙を、次はGⅠ、あるいはその上で。
シリーズ。西橋奈未が人気に応えて逃げ切った。こちらも2マークまでは仲間が見守っており、それは孫崎百世、實森美祐、土屋南。119期の同期生たちだ。1周2マークでは池田浩美の差しがぐぐっと迫ったのだが、それを振り切っての2周2マーク、そして3周2マークで、仲間たちはバンザイ。西橋に見せつけるように、歓喜を表現していた。
ピットに戻ると、西橋は上気した様子で、両拳を何度も上下に振っていた。ピットに上がると、まず土屋南とハイタッチ。そして同支部の今井美亜とハグ。今井がとにかく嬉しそうだったのが印象的。後輩の快走は今井にも大きな刺激を与えるものになっただろう。
まあ、GⅢということもあるのだろう、こちらは湿っぽさとは無縁のレース後、である。もちろん、西橋にとってもこれは通過点というか、積み上げていくもののひとつであろう。レース後の囲み会見で、西橋はきっぱりと言った。「もっと記念に出たい」。記念とはもちろん、男女混合のGⅠである。しっかり成績を残さなければ記念には呼んでもらえない、だからもっと頑張らなければならない。そういうことだ。そしてその先には当然、SGに出たいという思いがあるだろう。デビュー7年ほどの新鋭レディースである西橋が見ているものは、高みにあるのだ。だから、シリーズ優勝くらいで、それはもちろん嬉しいことだけれども、手放しで喜んではいられない。その思いが確固と根付いているのなら、少なくとも来年の年末は12人に名を連ねることが濃厚だろう。
敗者では、トップスタートを決めながら攻め切れずに大敗した中村かなえが実にカタい表情であがってきていた。コースは遠くとも、本気で勝ちにいったということだろう。初優勝はお預けとなったが、その思いは近いうちにきっとかなう。それを確信させられる、今節の奮闘だったと思う。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)