BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――仲間とともに

f:id:boatrace-g-report:20210829215807j:plain

 展示を終えて戻ってきた選手は、展示用ピットに備えている工具袋を整備室前に運ぶ。レース後、モーターは整備室に運ばれるから、すぐに次の作業に取り掛かれるようにしているわけだ。優勝戦メンバーも同様だ。濱野谷憲吾が工具袋を手に装着場にあらわれる。その傍らには中野次郎。穏やかに会話を交わしながら工具袋を整備室前に置き、そのまま並んで出走待機室のほうへ向かっていく。

f:id:boatrace-g-report:20210829215831j:plain

 白井英治の隣には、吉村正明が寄り添っていた。吉村が目を細めて白井に話しかけると、白井も柔らかな表情で言葉を返す。濱野谷&中野と同様、工具袋を置いたあとは並んで待機室へ。白井の身長が大きいので、吉村は見上げるかたちで白井の横顔を見ている。かわいい弟分の思いを、白井はきっと感じていたはずだ。

f:id:boatrace-g-report:20210829215911j:plain

 池田浩二は一人で整備室前に歩いてきたが、そこには岩瀬裕亮が待ち構えていた。いや、待ち構えていたかどうかはわからない。11Rのエンジン吊り後、整備室を片付けたりと支部新兵らしい仕事をこなしていた岩瀬だ。それでも、敬愛する先輩に声を掛けずにはいられないようだった。「浩二さん、どうですか?」「ん? エンジン?」「そう、エンジン」。池田が吐き捨てるように言う。「いいわけないだろ」。劣勢パワーを克服して優出したのはさすがと言うしかなく、しかし今日もその差を詰めることはできなかったか。ただ、岩瀬が池田先輩を気にかけていたことは伝わったはず。二人はやはり並んで、待機室のほうへと向かうのだった。
 SGを複数回制し、キャリア豊富な彼らが、この優勝戦を異常なメンタルで迎えていたとはとても思えない。モチベーションや気合はSG優勝戦らしく高まってはいても、まさか緊張に震えることなどありえない。ありえるはずがない。それでも、仲間はエールの思いを込めて彼らに寄り添う。SG優勝戦は、やはり特別なのだろう。

f:id:boatrace-g-report:20210829220022j:plain

 SG初優出の丸野一樹は、ちょっぴり堅い表情で工具袋を置きにあらわれ、そのそばに設置してある寒暖計をチェックしてから、待機室へ向かった。その間は単独行動。守田先輩も馬場先輩も寄り添ってはいなかった。ただし、丸野と入れ替わるように装着場にあらわれた二人がいた。永井彪也と大上卓人。同期生たちだ。永井は濱野谷先輩が優出しているので、最後まで残るのは当然。しかし大上はとっくに管理解除を申し出て帰っていてもよかったのだ。残った理由は考えるまでもなかろう。永井は丸野にエールを送る一方で、濱野谷先輩を応援しないわけにはいかない。しかし大上が見つめるのは丸野だけでいい。丸野は、彼らがピットにいるのを見ただけで、力を与えられていたはずである。

f:id:boatrace-g-report:20210829220051j:plain

 そうしたなか、レース直前に原田幸哉に寄り添う選手は見当たらなかった。もちろん装着場で見かけられなかっただけで、控室では接触があったと思われるが、多くの時間を原田は一人でいたのは間違いない。原田はひとり1号艇のピットに向かい、ひとり突出したスタートを決めて、逃げ切った。白いカポックを着ることの孤独をものともせず、堂々と勝ち切った。

f:id:boatrace-g-report:20210829220126j:plain

 原田に仲間が熱い思いをぶつけたのはレース後だ。先頭ゴールして戻ってきた原田を諸手を掲げて出迎えたのは、まず柳沢一だ。原田の愛弟子。いや、最近のふたりの様子を見ていると、原田のほうが弟子に見えたりもするわけだが(笑)、何にしても最も身近な存在で、一心同体とも言える最高の盟友が、原田を待ち構えた。現在は支部が違うふたり。つまり柳沢には本来、同支部の平本真之や池田のエンジン吊りがあるのだが、それを後回しにしての原田との抱擁。二人の関係性を知る者なら、誰も咎めることはないだろう。

f:id:boatrace-g-report:20210829220202j:plain

 もう一人は、長崎支部の桑原悠。発祥地大村を背負って、戦ってきたふたり。桑原のSG出場が多くなるにつれ、行動をともにすることも増えただろう。長崎支部に移ってきた本物のSGレーサーの姿に学ぶことも多かったはずだ。そして、長崎支部からSGウィナーが出るのは実に34年ぶりのことである。桑原は34歳、前回の長崎支部SG制覇(87年メモリアル・国光秀雄)のときには生後2カ月! 当たり前だが桑原には初めて目にする同支部のSG制覇であり、それは彼にとっては歴史を目の当たりにした瞬間でもあっただろう。がっちり抱き合う原田と桑原はもちろんともに笑顔であったが、テンションはむしろ桑原のほうが高いように見えた。

f:id:boatrace-g-report:20210829220228j:plain

 それにしても、強かった! コンマ04のトップスタートを決めての完勝劇。あの悔しさを隠さない平本真之が、レース直後も珍しくサバサバとしている感じで、さらに報道陣の問いかけに「完敗です」と言い切っていた。あのパワーで、あのスタートを決められ、インからあのターンをされたらどうしようもない。完敗を認めるしかなかったのだろう。白井が苦笑いで「幸哉さんに完封された」と言っているのも聞こえてきている。外枠の選手にとっては、なお遠い存在になっていただろう。戦った相手も脱帽するしかない、原田の強さだったのである。

f:id:boatrace-g-report:20210829220303j:plain

 原田にとって、これが約12年ぶりのSG制覇。濱野谷の14年4カ月ぶりも長かったが、原田もずいぶんかかったものだ。この長いブランクを埋めた要因を、原田は「焦りがなくなった」と言っている。その言葉は非常に納得のいくものではあるが、逆に言えば原田には長く焦りがあったということだ。とにかくボートレースに対する思いは強い。勝利への渇望も強い。早くから活躍してきたプライドもあったはずだ。そうしたなかで結果がなかなか出なかったことに、原田はずっと焦れてきたのだ。それが消えた途端に結果が出まくる(マスターズも含めて)というのは不思議なものだと思うと同時に、それが世の道理なのだろうな、と思ったりもする。

f:id:boatrace-g-report:20210829220328j:plain

 それを体現して手にした4つめのSGタイトル。これでさらに焦る必要がなくなるのだから、今後はさらに爆走するかも!? そういや、久しぶりのSG制覇なのに濱野谷も原田も泣かなかったな、と思いつつ、それはこれからさらなる爆発があるという予兆なのかな、と思ったりもして。今日の時点で、賞金ランク6位以内に登番3000番台が4人! これでマスターズ世代の3連続SG制覇ということも含めて、今のトレンドは「大人の余裕が生み出す強さ」ということなのだろうか。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)