優勝戦直前、最も気合乗りが良く見えたのは、羽野直也だった。朝に比べて表情に力強さが増し、同時に明るく爽やかな顔つきにもなっていて、どこか優勝戦を走るのが楽しみで仕方がないという感じにも見えた。これが2度目のSG優勝戦とは思えない、実に逞しい雰囲気は、大仕事を成し遂げても不思議ではないと思わせるものがあったのはたしかだ。
石野貴之もまた、いつも通りに凛々しかった。SG優勝戦には選手会長がやって来て、戦う前の選手に声をかけるのは通例。本来ならここで戦っていてもおかしくない、瓜生正義会長もレース直前ににこやかにあらわれている。そんな瓜生に、石野が笑顔で話しかけ、瓜生も激励。別れ際、石野の顔はすーっと真剣モードに変わっていって、メンタルがいい状態で仕上がっているのは明らかなようだった。
瓜生会長に最も明るく接したのは茅原悠紀。大一番を前にして、まったく衒いのない笑顔で会長と話しているのを見て、なんと豪胆な男とも思ったものだ。チルトを0・5度に跳ねて、勝負に出た優勝戦。腹の底に気合を携えながら、朗らかに振舞うその姿は、多くの修羅場をくぐってきた猛者のたたずまいと見えた。
一方、池田浩二と篠崎元志は、実にいつも通りというか、平常心というか。瓜生とはにこやかに挨拶を交わしているが、そのまま待機室へと向かう様子はまさしく平らかで、それが一般戦だと言われても納得したかもしれない。SG優勝戦を前にして、そうした浮足立たない雰囲気を醸し出せるのもまた、百戦錬磨の証し。穏やかだからこそ、むしろ力強さを感じたのだった。
レース直前の彼らを見ていて、僕は「誰が勝ってもおかしくない」と思うしかなかった。その雰囲気はどれもこれも、この後に勝利をつかむ者のそれのようにも感じられたのだ。もし羽野が勝ったら「レース前の気合が勝っていた」と書けるだろうし、池田が勝ったら「平常心が勝利に結びついた」と書けるだろうし、軽い予定稿が頭に浮かんだほど。つまり、誰もが勝者にふさわしい、素晴らしい優勝戦だったわけである。
だが、そうしたものたちが必ずしも勝負に結びつくとは限らない。もしかしたら、もっとも平常心ではなかった土屋智則が(レース後も「まだ緊張している」と言っていた)、堂々たる勝ちっぷりでSG初制覇をもぎ取ったのだ。篠崎元志の4カドまくりをがっちり受け止めた走りは、インコースの勝ち方として完璧というべきだろう。もし敗れていれば「やはり緊張していたか……」などと書いていたであろうが、緊張のなかでも確かなハンドル捌きとレバー捌きを見せ、誰をも前に出さずに逃げ切った。まさに強者だ!
もちろん、後押ししたのはモーターのパワー。初日から快調だった相棒は、最後の最後まで土屋の走りを最大限に引き出した。いや、土屋が自身の走りを支えるためにパワーをしっかり引き出したと言うべきか。たしかに篠崎のまくりは素晴らしかったが、ターンの頂点からはどうしたって土屋の前に出ていきそうな雰囲気は見えなかった。茅原のまくり差しも、タイミングは良く見えたが、土屋を脅かすものにはならなかった。山田康二のパワーも評判になった今節だが、その山田が不在だった優勝戦では明らかに節イチのパワーとなっていただろう。
土屋は緊張感をネガティブな要素とはせず、機力を最大限にポジティブな要素として、このクラシックを勝ち取ったのだ。お見事、と言うほかない。そして、毒島誠ら群馬勢に出迎えられて見せた笑顔は、大仕事を成し遂げた充実感にあふれるものだった。ある意味、理想的な勝ち方をしてみせたのだから、当然そうなろう。「まだ緊張している」という言葉は、つまりは充実感の証し。素晴らしいSG覇者がまた新たに誕生したのだ!
というわけで、もちろん水神祭です! 参加したのは群馬勢=久田敏之、毒島誠、椎名豊、関浩哉。さらに地元東京支部の石渡鉄兵と山田哲也も最後まで残ってこれに加わった。とにかく毒島のテンションが高い! 群馬からまた一人SGウィナーの仲間に加わったことが嬉しくて仕方がないといった感じだ。久田らは土屋に「総理!」と声をかける。おぉ、土屋政権が誕生ですか! すると毒島は「ウクライナに行かなくていいの?」とおどけたりして。そんな輪のなかで土屋は、貼りついて剥がれないかのように、笑顔でいつづけた。だから周囲もみな笑顔! なんとも幸福感あふれる水神祭!
これで土屋は年末のグランプリもほぼ当確。オールスターの出場権もゲットし、もちろんグラチャンにも参戦だから、着実に賞金を積み上げていくことだろう。これは毒島をもおおいに刺激するだろうし、椎名や関といった後輩たちをも燃えさせるはずだ。昨年、山崎智也が電撃引退し、群馬のスターがひとり水面を去った。しかし、土屋や毒島をはじめとするその後輩たちがさらに熱く水面を盛り上げてくれるだろう。土屋智則、本当におめでとう!
最後に。入場制限が取っ払われたこの最終日。多くのファンが詰めかけて、選手たちに声援を送った。その声は、ピットにもおおいに響いていた! 優勝戦の待機行動を見ながら、本当に嬉しくなりました。こんな日がずっと続きますように。これからも思い切りボートレースを楽しみましょう!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)