BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――羽野キュン!

 羽野キュンおめでとう! というわけで、羽野直也がSG初優勝を果たした。いやはや、驚いた。そりゃあ、いつかSGを獲る器だとはずっと思ってきたけれども、それが今日だとは正直思わなかった。馬場貴也と茅原悠紀が競り合って、これは磯部誠のSG連続Vだ、と思ったのも束の間、黄色いカポックが颯爽と突き抜けていった。その瞬間、ピットは驚きの声でおおいにざわついたのだけれど、それはもしかしたら僕が思わずあげていた驚嘆の叫びだったかもしれない。

 いや、そうだとしても、きっと僕だけではない。ピットで見ていた誰もが、その鮮烈なまくり差しに声をあげずにはいられなかったはずだ。僕は整備室のモニターを窓越しに見ていたのだけれど、報道陣や関係者、そして何人かの選手はボートリフトの付近から対岸のビジョンを見つめていた。僕からしたら、彼らは背中のほうにいたことになる。僕はざわめきを感じて、振り向いたのだ。するとやっぱり、明らかにリフト近辺の人たちはざわついていたのだ。選手でいえば、平本真之、守屋美穂、佐藤翼。彼らはそれぞれに応援している選手が優勝戦にはいたわけだが、しかし“身内”が敗れたことを残念に思っているというよりは、衝撃のSG初制覇に上気しているようだった。

 羽野がゴールした頃、ピットに残っていて、おそらくは控室で観戦していた面々も、次々にリフトに集まってくる。篠崎仁志、前田将太はやっぱり足取りが軽く、羽野がどこへ帰り着くのかを周囲に尋ね、試運転用の係留所だと知ると弾むような足取りで駆け下りていった。
 出迎えた篠崎、前田、さらには同支部の先輩でもある瓜生正義選手会代表に、羽野はボートの上からガッツポーズ! ゴールした時には特にポーズをしていないようにも見えていたのだが(ゴール通過後にやったようです!)、尊敬する先輩たちの顔を見て、思わず両手が上がったのだろう。ボートを係留所につけ、先輩たちとハイタッチを交わした羽野は、「やってしまいました」というようなどこか驚いたような表情を向けている。これが1号艇での優勝なら歓喜ばかりがこみ上げてきただろうが、特大の大穴をあける優勝だから、自分でもビックリという部分はあったかも。

 実際、実感がこみ上げてきたのは、JLCのテレビインタビューを経た後のウイニングランのときだったようである。今日の児島は超満員! ピットからも鈴なりのスタンドが見えている。その大観衆の前にレスキューで向かい、ファンの大喝采、大祝福を浴びたのだ。あれでSGを獲った実感が湧かなかったら逆に不自然。読者のなかにもしあの大観衆に加わっていた方がいるのなら、羽野の会見でのコメント、「あんな配当で外した人も多かったはずなのに、みなさん祝福してくれて本当にありがたかった」をご紹介しておこう。ファンの大声援が、羽野にビッグウィンの喜びをこみ上げさせていたのです。

 ウィニングランから戻ると、モーター返納を終えた磯部誠が待ち構えた。平成生まれのSGウィナーという点では先を越した磯部。平本真之に「獲ったと思ったでしょ?」と声をかけられたとおり、ウィニングロードが見えていたはずの磯部だが、羽野を出迎え、そして「羽野くん、おめでとう!」と素直に祝福している。さらには池田浩二もこれに続いた。池田の場合は「羽野キュン、おめでとう!」でした(笑)。

 そう、磯部にしても池田にしても、もちろん悔しさを抱えつつも、ごく自然に羽野に笑顔を向けていたのが印象的だった。池田はピットに戻ったときには、たしかに顔を歪めていたのだけれど、時間が経つとそうして羽野に喝采を送った。磯部については、レース直後は苦笑いしっぱなしで、その時点からどことなく羽野の勝利を称えている感はあった。

 桐生順平も「俺も惜しかったんだよ~」と苦笑い。磯部が競り合いを差した瞬間に、狙いすました差しを放った桐生。彼もまた、勝利の予感を覚えていただろう。そのうえを羽野がズバンと交わしていった。苦笑が浮かんで当然だ。

 茅原悠紀に関しては、地元SGを獲れなかったこと、勝負手が不発となり後方でレースを終えてしまったこと、などなど悔恨にまみれる要素はいくらでも考えつくのだが、レース直後はむしろサバサバとした様子に見えた。攻めるレース、すなわち勝ちに行くレースをしたことは、結果とは別に、やり切った感を茅原に与えていたのか。

 そうしたなかで、明らかに肩を落としていたのはもちろん、馬場貴也である。茅原のまくりはブロックしたものの、ずぶずぶと差しを許して、結果シンガリ負けである。1号艇の責任感、視野に入っていたはずの優勝が零れ落ちた落胆、圧倒的な人気に応えられなかった背徳感など、いっぺんにいろんなものが馬場を襲ったはずだ。モーター返納を終えて控室に戻る馬場は、整備室を出てこちらの姿を見ると、「あのスタートは無理です……」とさらに肩を落として去っていった。馬場もコンマ08を決めているのだが、茅原はコンマ04を決めてきた。SG優勝戦Fのペナルティが苛酷になっている今、馬場としては1号艇インコースの精一杯のスタートだったと言っていいと思う。ただ、茅原の地元の気迫がスタートでは勝っていたということだ。僕もスタートタイミングを直前に知っていたから、馬場の言葉にうなずくしかなかった。馬場は渾身の戦いを見せてくれたのだと、僕は言っておきたい。

 さてさて、SG初制覇だからもちろん水神祭です! 福岡支部からは瓜生、篠崎、前田。地元岡山支部から茅原、山口達也、藤原啓史朗が参加。表彰式と会見がけっこう時間を食って、かなり待たされた様子で、会見を終えて真っ先にピットに辿り着いた僕は、仁志から「ちょっとぉっ、マキですよ!」、前田からは「黒須田さんがいっぱい質問したんでしょ!」と怒られました。俺、何も質問してないんだけど……。あ、もちろんイジってくれたんですよ、二人とも。

 ともかく、ようやくピットに戻ってきた羽野を、仲間たちは拍手で……いや、茅原は「おっせーよ!」と突っ込んで(笑)出迎えて、さあ行こう、水神祭。2マークの水面際には羽野を祝福しようとファンの方がまだ残っていて、その声援を受けながらのドッボーン! 落ちたのは羽野だけだけど、仲間が落ちない水神祭もいいっすね! ヒーロー感がより強くなるような気がします。仁志も前田も、それを考えて、羽野だけを落としたんだろうと思います。さすが!

 仲間たち、報道陣、そしてファンの皆さんの拍手喝采を浴びた羽野。振りまいたずぶ濡れの笑顔が、なんとももう、羽野キュンでした! 本当におめでとう!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)