前半3Rは逃げ切ったものの、後半9Rでは大きな着を獲ってしまった吉田俊彦。1号艇以外ではなかなか結果を出せてはおらず、9Rも見せ場らしい見せ場は作れなかった。その吉田が、控室へと姿を消してから1分するかしないかのタイミングで、ふたたび装着場にあらわれた。服装は乗艇着のまま。つまり、勝負服とカポックを脱いで、ヘルメットを乾燥機に入れた程度で、装着場に戻ってきたわけだ。
吉田は整備室に入ると、速攻でリードバルブを外して調整を始めた。首筋には汗が滴っており、おそらく軽く拭った程度だったのだろう。それから少し目を離すと、まったく同じ服装でペラ調整をしていた。リードバルブ調整を終えて速攻でペラ室に移動したのだろう。9Rを走って気になったことがおそらくあった。それをすぐに点検、あるいは解消せずにはいられなかった。着替えてからあらわれる選手が圧倒的に多いなか、吉田はその時間ももどかしいと感じたのだろう。まさに執念。これが実るのかどうか、明日の吉田には注目せねばなるまい。
吉田と質は違うが、今垣光太郎にも同じようなものを感じずにはいられない。今節は7R終了後に帰宿1便が出る。いや、この言い方はちょっとおかしくて、何しろ宿舎はピットの裏。競技棟を出て徒歩10秒もかからず到着する。正確に言えば、7R終了後に1便で帰宿可能、だろうか。それから随時、レースが終わるごとに帰宿が許される。今垣は5Rでレースを終えているから、1便で帰ろうと思えば帰れた。しかし、今垣は帰らない。あたりが暗くなってもまだピットで姿を見かけるのだ。今垣が早い便で帰るのって、今節に限らずほとんど見たことがない。最後まで残ることが圧倒的に多いように思う。今節など登番最上位なのだから、早く帰ったほうがとも思わないではないが、今垣は居残って調整に励むのだ。きっと他の選手も、今垣先輩が遅い時間にもピットにいるのを当たり前のように捉えているはずだと思う。
7Rで6着を獲ってしまった羽野直也は本体整備だ。前年度覇者が、ボーダーを6・00とするなら予選突破絶望的になってしまった。6着はあまりにも痛かったのだ。だからといって勝負を投げるわけではない。投げようはずがない。もしかしたら、もっと早く手をつけていればと後悔しているのかもしれないが、しかし今からでも遅くない。少しでも前年度覇者らしさを見せつけるべく(いや、そんなことは考えていないんだろうけど)、意地の整備に取り掛かったわけである。明日も、あるいは明後日以降も、気合の入った走りを見せるはずだ。
もちろん、整備しているから気合が入っている、という単純なものではない。今日、早い時間から齊藤仁がプロペラゲージを擦っていた。何度も書いているように、大急ぎでペラなりモーターなりの調整をする必要がない、ということだ。機力に手応えを感じているか、今後のために今節のペラの形をゲージに残すほうを優先できる、というわけだ。10Rはきっちり2着。レース後は爽やかな表情を見せていた。戦った相手は全員が後輩なのだが、齊藤のほうから丁寧に礼を尽くしているあたりはむしろ貫禄。その様子を見ると、焦って調整をしないという調整、をしっかりとやり切ったのだと思わざるをえない。
そうそう、先輩のほうから後輩にも礼を尽くすシーンは9Rでも見たのだった。菊地孝平が、吉田俊彦や篠崎元志、森高一真らに対して、だ。菊地は6コースから伸びて攻める展開で2着。つまり、後輩たちの頭を叩くようにして2番手を走ったわけだ。もちろん、それが「まくり」ということで、何ら瑕疵はない。まくられた後輩たちだって、菊地さんにやられたくらいは思っていても、禍根など残ろうはずがない。しかし、まくった相手に頭を下げるシーンはよく見るもので、菊地はたまたま後輩を沈めていたので、そういうシーンになったのだろう。もちろん、菊地はしてやったり。そして同時に対戦相手をも慮る。ボートレーサーはそうしたなかで真剣勝負を繰り広げる。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)