真剣
12R優勝戦
①山口 剛(広島)10
②菊地孝平(静岡)11
③齊藤 仁(東京)10
④茅原悠紀(岡山)08
⑤椎名 豊(群馬)07
⑥磯部 誠(愛知)10
まくって張られて抜かれて抜いて。この男がSGのてっぺんになるときは、どうしてこんなド派手なのか。
茅原が勝った。SGファイナル史に残る激闘の末に。言葉にするのが野暮なくらいの名勝負だった。仕掛け人は、茅原悠紀本人。もう10年近くもSGの頂点から遠ざかっている男が、大一番の直前にチルトを1.0に跳ね上げた。渾身の勝負手。
あるいは影の仕掛け人がいたとするなら、同県イーグル会の吉田拡郎だったか。今節の拡郎は伸び型の11号機と格闘しながら、何度かチルトを跳ね上げた。元より勝負どころで跳ねる男でもあり、おそらくは今日の茅原13号機の背中を力強く押したに違いない。
今日の13号機の伸び足は、9R後の特訓から絶品だった。チルトの秘密を知らない私は「おおっ!」と記者席で叫んだが、全国のファンはスタート展示で叫んだのではなかろうか。で、私の場合は「おおっ!」と叫んだ瞬間から、出走表の色味が別物に変わった。
何か起こるよ、これ!
本気で思いはじめた。予想欄で「4カドのカヤが昨日より伸びる! スタートも攻める!!」などと書いたが、ガチで信じ込んだわけじゃない。
どうせ4カドから伸びきらず、スタートも行ききれず、ツヨポンが逃げてチャンチャン。
こっちの思いが強かった。これまでの大概のSG優勝戦がそうだったから。だがしかし、今日は違うのではないか。ふと気づけば、5号艇の椎名もチルト0.5に跳ねている。その外で「山口さんにお礼参り(前付けリベンジ)します」などと吹聴していた磯部は、特訓から6コースで微動だにしない。〆切が近づくにつれ、この外枠3艇が妙に心強く思えてきた。「何か起こる」という予感がどんどん膨らんだ。反比例して、④⑤⑥絡みのオッズはどんどん暴落したけれど(笑)。
そして、それは起きた。起こしたのは、やっぱり茅原本人だった。4カドからコンマ08、フルッ被り。伸びに伸びる。あっという間に齊藤~菊地を飛び越えて、イン山口にも襲い掛かる。賭けてもいいが、イン選手が今節の山口18号機以外の人機だったら、この1マークであっさりケリがついただろう。たとえ峰や毒島であっても。
山口18号はギリギリ艇を合わせて抵抗し、それでしっかりとサイドが掛かった。あまつさえ、グッと前に出る。なんちゅうモンスター出足、いや、なんちゅうキノピオ出足!!(ツヨポン本人の造語)
うわっ、さすがのチルトワン茅原も、山口18号に受け止められたら万事休すか。
実際、ふたりだけならそれでケリがついたはずだが、ここにひとりの伏兵が出現する。茅原に連動して差した椎名! チルトを跳ねているせいか、ターン出口からの押し足は鈍い。賭けてもいいが、ここで椎名にもうひとパンチの押し足があれば、それで最内から突き抜けていただろう。
だが、スリット裏あたりから、椎名が不気味にジワッと舳先を伸ばしはじめた。チルト0.5の恩恵。ジワッジワッからスーーンと伸びて、主役ふたりの内に舳先を突っ込んだ。主従逆転。
椎名か、椎名なのか!?
2マークの手前で思ったが、その景色はまた微妙に揺らぐ。「椎名に先マイされたらアウト」と直感した山口が、外から猛烈なツケマイを浴びせた。伸びてる相手に伸びない側が仕掛けたから、どっからどう見ても無理筋な奇襲だ。そう直感したが、ここで山口のターン回りが凄まじい。椎名に弾かれながらもギャンギャンとブレーキが掛かって舟が返り、あろうことか体を残したはずの椎名より舳先を突き出した。
なんちゅう出足ぢゃーー!!??
椎名アタマの5-4で勝負している私が呆れている間に、一度は死んだはずの茅原が最内をスパーーーンと突き抜けていた。
その後も茅原と山口の追いかけっこは続くが、この1周だけで文句なしの名勝負。チルトを跳ねてスタートも決めて大本命を叩き潰しに行った勝負師と、身体を張ってその反乱を鎮めきった真剣勝負師と、両者の間隙を縫って頂点に立とうした赤城の怪獣と。それぞれの勝ちたい思い、勝負根性、それぞれのモーターの性格、チルトを跳ねた長所と短所まで水面に深く深く投影された1周の大乱戦は、ボートレースの魅力そのものだった。もちろん、私の5=4舟券が当たればもっともっと最高だったが、こんな素晴らしい真剣勝負を見せてくれた面々に、ありがとうの言葉を伝えたい。
「いやぁ、長かったっすよ、なんでこんなに勝てないんだって思ったことも……」
レース後のインタビュー、こんなセリフの後で茅原は泣き出した。涙がとめどなく噴きこぼれた。あの平和島GPの「6コースの奇跡」からほぼ10年。デビュー時から天才と謳われた茅原にとって、この10年がどれだけ長かったか。雄弁な涙だった。
そして、この男泣きをモニター越しに見ながら、私は他の男の顔を思い浮かべた。茅原の10年を超えて、14年も2度目のアレを求めて真剣に戦い続けている男の顔を。
今日の優勝戦は文句なしの名勝負だった。だが、名勝負を演じたレーサーたちは名勝負を演じたかったのではない。ただ勝つためだけに戦い、それぞれに同じくらいの勝機があり、そしてひとりだけがその名誉と喜びを享受した。今宵は、私たちが目にした10年分の涙より、もっと大量の涙が誰にも見られることなく、どこかしらに流れ落ちるのだろう。真剣勝負の世界は厳しい。(photos/シギ―中尾、text/畠山)