
今日もまた、水面際には多くの選手が陣取った。たとえば馬場貴也を応援する滋賀支部勢や、河合佑樹を応援する深谷知博など、優出メンバーゆかりの選手もピットに残っていた。しかしどういうわけか、水面際の面々は西山貴浩ゆかりの選手ばかりだった。ピットアウトから西山を見守っているのだ。
ファンファーレが鳴って6艇が一斉にピットを飛び出す。西山も遅れることなく、インを獲れる隊形だ。その瞬間、森高一真だけがその輪を離れて整備室へと向かった。整備用テーブルの前でしゃがみ込み、頬杖をついてモニターを見つめる。スタート。西山がハナを切っている。森高はそれでも微動だにしない。西山が逃げた。やはり森高は静かにモニターを見つめたままだ。1周2マーク、2周1マーク……そして3周バック。ここで森高はようやく立ち上がった。そして、快哉を叫ぶでもなく、両手を打ち鳴らすのでもなく、「やったな」ととことん穏やかで優しい笑顔を浮かべた。森高の、こんなにも静かな笑顔は初めて見たかもしれない。

そう、西山貴浩はトップスタートを決めて逃げた。前の記事で「トップスタート切ればいいんでしょっ!」と言っていたことをお伝えしたが、有言実行! その瞬間、敵は馬場の差しだと狙いを定めた。もちろん馬場は渾身の差しを放ったが、舳先がターンマークをかすめそうになって、少しハンドルを切り直す格好となっている。計算通りに馬場の差しを封じ込んだのだ。河合佑樹が握ってきたが、それは気にならなかったようだ。あとはターンマークを回るだけ。見事な運びでイン逃げ快勝!

西山と接した多くの人が、「西山が緊張している」とレース前に証言していた。もちろんそうだろう。それに打ち勝った。西山はしっかり己と向き合って、重圧を克服した。素晴らしい。ただ、もしかしたらレース中もそうだったんじゃないの、と僕は思ったりした。会見で西山は、1マークを回って大丈夫だと思った、と言っている。いやいや、実際は馬場が猛追しているのだ。最後はコンマ8秒差。まあ5艇身ほどは離していたが、馬場は河合と競っていたことを考えれば、差を詰められているのである。そのことに一言も触れなかったあたり、気づいてなかったのでは? つまり、無我夢中だったのだ。そんななかでも確かなターンで逃げ切ったのは、西山が蓄えてきた実力だ。なんだかんだ、完勝です!

ピットに戻ってきた西山は涙を見せてはいない。TVインタビューを受けてウィニングランに向かう前には「解放された!」「もう嫌や!」などと絶叫しっぱなしで、「解放された!」「まだや!」と森高と掛け合ったりもしていたが(まだや、というのは今夜の宴でしょう)、とにかくこんなに騒がしいニューSGヒーロー、見たことがない(笑)。で、僕は「実は涙をこらえているのでは……」と邪推したわけなのだが、それほど頓珍漢な考えでもなかったようで、会見では「泣きそうだった」「でも森高さんに泣くなと言われていた」というコメントも残している。そのこらえ方が、周囲の人間を笑わせるような言動だったりするのは、この男らしいサービス精神だ。みんなが笑って、自分は泣かずに済んで、一石二鳥でしたね(笑)。

ともかく、「解放された!」は「緊張から解放された」であり、また前の記事で伝えた「早く終われ!」も本音だったということだ。で、西山の水神祭を待つ間、森高が言ったのである。「ああ、解放されたわ。力抜けた」。この人もまた、緊張してましたか! コワモテキャラとお調子者キャラの2人だが、行動をともにしているということは通じるものがあるということだ。僕は実は真面目で、人への気遣いが深いという点が共通点だと思ってます。「次の三国(周年)までずっと一緒や」(森高)だそうですので、今夜は、いや30日が前検だから27、28、29日と三日三晩、ともに美酒に酔い続けてください!

というわけで、水神祭! 会見のあとピットに戻ってみて驚いた。スタンドの2マーク側の端っこに、ファンが鈴なりなのだ。100~200名ほどは残っていたのではないか。西山の水神祭に立ち会いたいファンがこれだけいる。そのことに感動を覚えた。あと、西山が来るまで森高と片岡雅裕がそのファンと掛け合いして楽しませていたことも付記しておこう。

参加したのは森高、片岡、中村晃朋の香川勢に宮地元輝、そしてもちろん福岡勢。担ぎ上げられても「怖い!」だと「(係留所の屋根に)頭がゴーンってなる!」など騒がしかった西山は、なんとファンの「3、2、1!」の掛け声で水面に放り投げられている。この掛け声の音頭を取ったのは片岡マーくんでした。ファン参加型の水神祭なんて、西山らしいね!

そんなふうに盛り上がった水神祭。もちろんこれは通過点としてもらいたい。次は地元若松SG。優勝したらやらなきゃダメでしょう。もちろんグランプリ優勝したときも。今後もタイトルを重ねていって、そのたびに我々を笑わせてください。その第一弾として、今日はおめでとう!

敗者だ。まず、ピットにあがってきた馬場貴也が控室へと駆け込む直前、そのそばにあったモニターはまさに1マークの瞬間を映し出していた。足を止めた馬場は差しが入らなかった瞬間を確認。そのとき「ウーッ、クッソー!」と呻いたのだ。渾身の差しハンドルを封じられたことが、心の底から悔しかったのだ。正直、こんな馬場を見たのは初めてだ。
だというのに、西山がウィニングランに向かうときは笑顔で祝福を送った。悔しさをぐっと押し隠して、SG初制覇を称えたのだ。西山も最大のライバルと見込んでいた相手のそんな様子に、嬉しさも増したはずだ。

個人的には、佐藤翼がモーターの返納作業をしていたことに少しグッと来ていた。淡々と作業を進めていた佐藤。13年前、ここ徳山の新鋭王座決定戦で優勝戦1号艇に乗った佐藤。デビュー4年に満たないキャリアだった佐藤は、優出メンバーでも最も後輩だった。そして、まさかのフライング。レース後の佐藤は大号泣だった。それは見るのを憚られるほどの痛々しさで、だから僕は今回、「徳山SG」で優勝戦に乗ったこと自体に、あの日を思い出して感動していたのだ。あの日、佐藤は結局、モーター返納作業を行なえていない。仲間が佐藤を気遣って(職員さんたちも同様だっただろう)作業を進め、最後の最後に黄金井力良に抱きかかえられながら、最後の手続きだけ行なった。そのときも声をあげて泣いていた。一人では歩けないのではないかというほど、泣き崩れていた。あのシーンは今も記憶に鮮明だ。そんな佐藤が今日は、自力で返納作業を進め、終わらせ、そしてまた明日からの戦いに力強く踏み出していったのだ。いったん、あの日の涙に決着をつけた。僕はそう思った。
もちろん、本当の決着はこれではない。もう徳山でなくてもいい。どの舞台でもいいから、今日の西山と同じ思いを味わうこと。そのときあの日の涙が、佐藤翼ストーリーを彩る真のエピソードとなるだろう。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)