BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――笑顔と涙の師弟

 12R締切あたりから、2マーク前の水面際に選手たちが続々とあらわれた。今節、この特等席とも言える場所に選手が来たのは初めてだ。やはり優勝戦は間近で見たい。それはトップレーサーたちも変わらないし、ましてや仲間が走るのだから応援の思いもこもっている。
「はいはい、佐賀支部は佐賀の応援ですか?」
 そりゃそうでしょ(笑)。西山貴浩が遅れて加わり、そう野次を飛ばす。そういうあなたは瓜生正義の応援だろうし、仲良しの森高一真への思いもあるだろう。
 そんな賑やかしを西山がしたにも関わらず、選手たちは意外や特に声もあげず、やがて西山も静かになって、なんだかお行儀よく腰を下ろしたのだった。

 1マーク、定松勇樹が逃げ切る。差した宮地元輝は後退し、握った馬場貴也が2番手浮上。内から森高一真も2番手をうかがう。瓜生正義、毒島誠も前を必死に追う。
 観客席からは巨大な声援がピットに届いているというのに、なぜか観戦していた選手たちは少しも声をあげない。アクションもない。まるで仲間が走ってはいない、赤の他人がそこを走っているかのように、選手たちはおとなしく水面あるいはビジョンを眺めるのみだった。それはどこか異様な光景にも見えたのだが……。

 先頭の定松が3周2マークに差し掛かるとき、突如、峰竜太だけが立ち上がった。
「さだーーーーーっ!」
 両手をあげ、俺はここで見ているぞと告げるかのように大声をあげる峰。佐賀支部のほかの面々はやはり動かない。佐賀支部以外の面々もまた動かない。師弟の大切な時間を邪魔してはならない、そんな空気が生まれているかのように、峰は両手をあげ続け、その目の前を先頭で定松が疾走していったのだった。

 10R発売中に優勝戦のスタート特訓が行なわれている。その直前、定松の緊張感は朝より確実に増しているように見えた。レースが近づけば近づくほど、プレッシャーが強くなっていくのは当然である。しかも定松は、SGの優勝戦自体が初めてなのだ。平常心で過ごせていたら、そのほうがおかしい。

 しかし、スタート展示が終わり、定松は腹を括ったのだという。もう逃げるしかない。とにかく逃げ切るしかない。そう思ったら、不思議と気が楽になったのだそうだ。だからそこから先は、冷静さが戻った。ピットアウトし、レバーを起こしてスタートラインが近づく。他の5艇が前にいないことをはっきりと認識した。ならばもう大丈夫と、確実にスタートを入れるよう様子を見たとも言っている。ほぼ同体のスリットとなっているが、仕上がりを考えれば問題はない。緊張でハンドルが入らない、なんてことが起こるのは許されないから、しっかりハンドルを入れるということを意識した。入った。逃げた。先頭に立った。レース後、そうした一連の流れをしっかりと語っていたのだから、レースでの定松は何にも揺れることなく、震えることなく、怯えることなく、確固たる走りができていたということである。デビュー4年半というキャリアを思えば、見事すぎるというほかない。

 ピットに凱旋した定松は、ホッとしたように天を仰いだあと、笑みを浮かべている。SG制覇という夢がかなった瞬間。それはもう、23年間の人生で最高の瞬間だったに違いない。
 実は、定松がゴールし、出迎えに向かう際、もう峰は泣いていた。以前と違うのはただ号泣するのではなく、少しこらえるように静かに涙を流していた。そして、定松を出迎える時には、もう笑顔になっていた。まずは師弟の笑顔の交歓である。

 しかし、インタビューが終わり、抱き合った瞬間、ふたりは涙をこらえられなかった。そこからはまさに号泣。特に定松は涙が止まらないようだった。定松がボートに乗ってカメラマンのリクエストに応えている間、峰はやや離れたところに立って水面を眺めていた。涙で顔は歪み、しかしこらえようとして真顔になり、それでもやっぱり泣き顔になり、それを抑えるかのように定松を見ることなくただただ水面を見つめた。結局、それは号泣と同じことだった。

 師弟が涙に濡れた、定松勇樹のSG初制覇。それでも表彰式での定松は笑顔だったし、水神祭を待つ峰もまた笑顔だった。そう、SG初優勝だからもちろん水神祭!
 参加したのはもちろん佐賀支部で、サンダル履きだったのは峰、上野真之介、末永和也。勢いよく定松を放り投げたあとは、その3人が次々に飛び込むのはお約束。

 定松と3人が陸に戻ると、佐賀支部全員での記念撮影と相成ったのだが、それが終わると峰が定松を抱きかかえてまたドボン! 師弟のみの水神祭! ふたり仲良く陸にあがり、またまた峰が定松を道連れにしてドボン。いつまで続くってんだい!(笑)といったところで、定松が「もういいです!」と宣言して逃げるようにその場を離れ、水神祭は終了。師匠、本当に嬉しかったんだなあ。

 その水神祭には、宮地元輝ももちろん参加している。しかしスーツに着替えを済ませており、どことなく浮かない顔。記念撮影でも端っこで、ちょっとしょんぼりしていた。それがポーズだとしても、正解だと思う。優勝戦をともに戦い、自身は敗れているのだ。同支部の後輩の祝福とはいえ、底抜けの笑顔で参加するわけにはいかない。それが自身に票を投じたファンへの礼儀でもあろう。

 ただ、宮地は本当に悔しさが引いていなかったのかもしれない。レース直後の宮地の悔しがり方、あるいは疲れ切った様子は、あまり見たことがないほどだったのだ。とにかく動きが鈍い。精魂尽き果てたという様子で、思うように身体を動かせないようでもあった。だから、カポックを脱いだのはいちばん最後だったし、モーター返納を終えたのもいちばん最後。そこから控室へと戻る足取りはひたすらに重く、それは牛歩の如し、なのであった。

 さらに、いったん控室まで戻ったのに、着替えもせずにまた姿をあらわし、自動販売機でスポーツドリンクを買って、座り込んでしまった。「燃え尽きた……」、そう言って宮地はスポーツドリンクをあおり、そしてうなだれた。勝ったのは後輩である。しかし、宮地は本気で負かしにいったのだ。そこには、ファンの存在が大きくのしかかっていたのだと思う。お疲れ様、宮地元輝。僕には、そのうなだれている宮地が最高にカッコ良く見えたぞ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)