BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――本能としての貪欲

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 朝、篠崎元志が本体を割っていた。えっ、篠崎!? 率直にそう思った。

 初日ピンピン、なのである。気配が突出して目立っていたとは思わないが、モーターには数字があるし、しかも結果が出ているのである。それでも本体を割る!?

 たとえば、ここまで整備室の常連になっているのは、市川哲也、山川美由紀など、機力的に苦戦している選手たち。今日の午後には吉田俊彦も整備にとりかかっている。大雑把に言って、大掛かりな整備をしている選手は、つまりパワーが弱い選手であることが大半だ。だというのに、連勝の翌日に篠崎が本体を割っているとは……。

 結論を言えば、実際には何もしていない、そうだ。結果的に点検のみだったということになる。

 「着順を獲れている、とかじゃないんですよ。数字のわりには、という感じですから、1着1着で安心してしまって、もし優勝戦に残ったときに(他と比較してあまり出てないからって)慌ててやるより、ちょこちょこやっていかないとダメなんです。だいたい、連勝といっても1、2号艇でしょ。パーセーブみたいなものなんですよ。これで6着6着とか獲ったら何もならないし、SGではそんなことぜんぜんありうる。まだ外枠が残ってますしね」

 朝の整備は何をしたのか、部品交換でもしたのか、を確認しようと声をかけたのだ。「結果的に何もしてなくて、点検ですね」と聞くことができれば、それだけでも充分ではあった。だが、篠崎は立て板に水のごとく、次々と言葉を連ねた。しかも熱い言葉を。言ってしまえば野暮になるだろうが、それでも言ってしまうと、その言葉の中にはなぜ篠崎元志が強者なのかの理由が詰まっている。

 ちなみに、「貴浩のほうが出てる。足合わせで前検からやられてる。だから、貴浩と同じくらい出さないと満足できないですよ」とも言っていた。成績で勝っていても、機力で負けていればそれが悔しい! 勝負師になるべくして生まれてきたような男だ、篠崎元志は。

 

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 篠崎も認める快パワー、西山貴浩。係留所からいきなり駆け上がってきて、「ありゃりゃ?」とピット内を不思議そうに眺めまわしていた。どうやら、何かを(誰かを?)探しているようだった。首を傾げながら整備室へ。外から覗き込み、やはり目当てのもの(者?)が見つからないらしい。また首を捻ってあたりを見回す。そのとき、福田雅一が試運転を終えて陸に上がっており、釈然としない顔つきのまま、エンジン吊りに加わった。探していたのは福田ではなさそうだな。作業を終えると、今度はペラ室を外から覗き込む。いない。首を傾げる。

 どうやら、こういうことのようだ。西山は足合わせをしていた。その相手と情報交換のため、ボートを係留所につけて陸に上がったが、相手の姿を見失ってしまった。どこにいるんだ、重野さ~ん!

 そう、試運転の相手は重野哲之。西山とは離れた係留所にボートをつないでいて、西山はその場所に走ったのだが重野はおらず、ならば装着場かと坂を駆け上がって、その姿を僕は目撃した。そして重野を探すべく右往左往、合間にエンジン吊り、と相成ったわけだ。

 で、そのとき重野はとっくに係留所に戻っていて、ようやく見つけた西山は勢いよく坂を駆け下りていった。そんなレース間の一幕でも絵になるなあ、ニッシーニャは。

 で、パワーについてだが、西山は肯定。ただし、「出てるんです。足はほんと、いいんですけど……」。成績はいいが、足に満足していない篠崎。足はいいが、成績に満足していない西山。ボートレーサーというのは、そのどちらかでも欠けていたら、苦悩する人種なのである。足はダメでも優勝できれば、それでいいに決まっているが、その優勝への道中ではまず両方を揃えるために奮闘し、思考し、時に歓喜し、時に苦悩する。それが、ピットの空気をヒリヒリしたものに高めていくのである。

 

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 さてさて、整備室では松井繁がキャリーボディーの中を柄のついたブラシでコシコシとこすっていた。ときどき、懐中電灯で中を照らしてチェックし、またコシコシ。そう、これが噂のマフラー洗浄だ。この頃流行りの整備として話題になっているが、何を隠そう現場を目撃したのは初めてである。ようするにマフラーにこびりついたカーボンをこそぎ落とす作業なので、松井は手にビニールだかゴムだかの手袋をはめている。その手袋は真っ黒。ちなみに、この整備を認めていない場もあるのだとか。また、長嶺豊さんによれば「僕らの時代の考えとは正反対。新品モーターのときは、中古のキャリーボディーに替えたかったくらいだった。だから、どうしてそれで出るようになるのかわからん」だそうだ。

 

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 松井はこれが初めてのマフラー洗浄だとか。それもあってか、次々に選手たちが松井のそばにやって来て、声をかけたり、興味深げに眺めたりしていた。濱野谷憲吾、中澤和志、坪井康晴、中里英夫、大嶋一也、今村豊といったあたりで、その全員の顔がおもしろいものを目にしたというように、ニコニコとしていた(今村さんはニヤニヤだったけど)。なお、今村はこの整備に関しては反対派だそうだ。というのも、「整備して、試運転してみて、それで良くなっていなかったら、元に戻せばいい。でも、マフラー洗浄して、良くなっていなかったら、カーボンをつけるわけにはいかないんだから、元には戻せない」。この整備だけは、たしかに「元に戻す」という工程がありえないのだ。なるほど、それも見識である。

 

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 面白かったのは、それに触発されたのか、あるいはそうでないのか、そのすぐ後に瓜生正義もマフラー洗浄を始めていたことだ。さらに、田口節子まで。 節ちゃんは最初、手袋をせずにやっていたので、手が真っ黒けのけ。

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 それを見た瓜生が手袋をつけるのを勧めて、節ちゃんは手袋を探しに行くのだった。瓜生、優しいなあ。

 ともあれ、流行りの整備はこうして伝播していく。ひとつの評判を聞けば、さらにそれを王者も試しているとなれば、自分でもやってみなければいられないのがレーサーの本能なのだろう。もちろん、今村さんのように見識をもって、手を染めない者もいる(やはりベテランに多いようです)。おそらく、ペラにしても、モンキーターンにしても、こうしてひとつの流れが生まれ、この競技に変革をもたらしてきたのだろう。ボートレースを進化させてきたもののひとつは、間違いなくレーサーの本能的な貪欲さである。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)