背中
12R優勝戦
①佐藤 翼(埼玉・105期)+07
②茅原悠紀(岡山・99期) 10
③西村拓也(大阪・98期) 12
④黒井達矢(埼玉・103期) 11
⑤船岡洋一郎(広島・98期)13
⑥青木玄太(滋賀・100期) 19
ちょっと、おかしい。
スリットのはるか手前から、
そんな予感めいたものはあった。インの翼が、
ずっとずっと上体を起こしている。
1マーク付近にいた私には、
翼と他の選手たちとの位置関係はよくわからない。
目に映るのは、ひたすら直立し続ける翼の上半身のみ。
明らかに起こしが早すぎて、必死にアジャストする姿。
これだけ放り続けたら、茅原の餌食か。
まず、そう思った。が、どんどんこちらに向かってくる
艇団を見て、私は驚くしかなかった。
翼が、茅原らを1艇身ほども引き離していたのだ。
んな馬鹿な。あれほどアジャストし続けたのに、
なぜまだ、こんなに前にいる??
咄嗟の思考回路ではあったが、ふたつの選択肢が浮かんだ。
翼があまりにも早すぎたのか、他があまりにも遅すぎたのか。
そのどちらかしかないのだが、それは、どっちだ??
圧倒的なアドバンテージを利して、
翼が1マークを難なく先取りした。
見た目には、圧巻の逃げきり。
だが、その直後の茅原のターンが、明確にそれを否定した。
茅原は、翼の航跡をなぞることなく、
3コースから握った西村に飛びつき、ブロックしたのだ。
つまり、1マークで翼の存在を無視した。
やはり、そっちなのか!? バック中間、観衆が静まり返る。
翼が、外へ外へと寄れ、2マークに向かう気配がない。
「え、うそ、フライング??」
そんな声が、あちこちから漏れた。徳山の向こう正面には、
電光掲示板も巨大モニターもない。実況も聞こえなかった。
誰もが翼の後姿で、大惨事に気づいた。
半信半疑だった私も、その力ない後ろ姿で“正解”を知った。
同時に、ある光景が私の脳みその全部を覆い尽くした。
まるで、同じ光景。新鋭王座の白いカポック、
1マークを回ってブッチギリの独走、艇団から離れていく後ろ姿。
守田俊介の背中。俊介を追っかけ続けていた私は、
あの前日、深夜バスで京都に行った。
寒い寒い早朝、京都から大津に向かい、
ただその瞬間だけを待ち続けた。そして、何年も待ちわびた光景に、
私はびわこの片隅で万歳した。わずか、10秒ほどの幸福だった。
後に残ったのは、哀しすぎる後ろ姿。
今日のその後のレースを、私はほとんど見ていない。
ピットへと向かう翼の背中をぼんやり見つめ、
押し寄せるフラッシュバックをやり過ごすことができないでいた。
だからどうだ、とかいうこともなく、翼に涙するでもなく、
ただいきなりやってきたその状況に身動きがとれないでいた。
レースから2時間過ぎた今も、翼にかけるべき言葉が見出せない。
あのときも、そうだった。 まったく締まらない観戦記で申し訳ないが、
あれっきり思考がフリーズした今日の自分を、
ありのままお伝えしておく。と言うより、
何かを適切に表現すべき言葉がうまく見当たらない。
勝者に対してさえ。
(photos/シギー中尾、text/H)