10R後、整備室に中辻崇人の姿があった。
奥のほうなので近眼の僕には何をしているのか
最初は確認できなかったが、何か細かい作業をしているのは
明らかだった。 なんで? まずそう思った。
だって、中辻、出てるでしょ! たぶん節イチでしょ!
エース機パワーを存分に引き出し、3日目を終えてオール2連対。
予選もトップである。なぜ、モーターをいじる必要がある?
整備は12R発売中まで続いた。「スタートタイミング、ひどいでしょ? ぜんぜん決まらないんですよ」 たしかに。
今節いちばん早いスタートが初日のコンマ20。
今日はコンマ30である。平均発順率も5・00。
たしかにスタートがまったく行けてない。
それでオール2連対ってのもすごいけど。
つまり、起こしが安定していないのだそうだ。
だから、スタートが決まらない。これをどうにかすべく、
中辻が手をつけたのはキャブレターだった。
「足はすごいですよ。それは今日、体感しました。
だから、あとはスタートだけ、なんですよね」
逆に言えば、スタートが決まるようになれば、
天下無敵の鬼足パワー! この調整が実って
スタートに不安がなくなれば、中辻は正真正銘の主役となるだろう。
その中辻の愛弟子といえば、松尾昂明。
松尾のSG出場は総理杯に続いて師弟参戦である。
心強いことだろう。 その松尾が、11Rで惜しいレースをした。
6コースからスタートを決めて、ぐいっと伸びていく。
まくり屋・松尾の真骨頂!「おぉっ!」 整備の合間に
モニターで弟子のレースを観戦した中辻と、
並んで見つめていた瓜生正義が思わず声を上げた。
強豪相手に、6コースまくり一撃か!? しかしスタートで放ったのか、
松尾は伸び切れずにまくり差しにチェンジ。
バックでは2番手だったが、2マークで松井繁に捌かれてしまった。
ただし、大接戦となった3番手争いは、
全速戦の連発で吉田拡郎、寺田祥をしりぞけている。
ピットに戻った松尾は、師匠の顔を見ると、溜め息をついてがっくり。
勝利が見える展開だっただけに、悔しさもひとしおだろう。
あるいは、王者の捌きやどこまでも食いついてくる
カクロー、テラショーとの実力差、
場数の差に舌を巻いたかもしれない。 そ
れでも、師匠はにっこりと笑う。うんうんと頷いて、
弟子に優しいまなざしを送っていた。瓜生も歩み寄って、
松尾の肩をポンポン。敬愛すべき先輩たちは、
松尾の健闘をしっかりと認めていたわけである。
松尾の顔から苦笑いはなかなか剥がれてはくれなかったけれども、
ある種の充実感は得られたのではないだろうか。
中辻と同じくらいの時間帯までモーターと向き合っていたのは、
篠崎元志だ。10Rを終えて、そのまま12R発売中まで
整備室から離れなかったというわけである。思えば今節、
篠崎の姿を整備室でよく見かける。ピストンリングの交換もあったし、今節は懸命に整備を続けているという印象がある。「
前節で川上剛さんが引いたモーターで、
いつもめっちゃ仕上げる川上さんが『このエンジンはダメだ』と
言っていたらしく、これは引きたくないなと思ってたんですよ。
でも……その機歴のわりには戦えてはいます」
昨日、行き足はそこそこあったがグリップ感がまったくなく、
そこの部分は整備で上向いたのだが、
今度は行き足がまるでダメになってしまった、という。
両立がなんとも難しいというのだ。そうした素性も
一息で調整が難解なモーターで、よくぞここまで戦っている。
3日目を終えて得点率6・00なのだから、上々ではないか。
そこから、篠崎の熱い語りを聞くことになった。
キモを一言で言うなら、「SGはほんの少しの差が、
レースになればとてつもなく大きな差になる、シビアな場」ということになるだろうか。たとえば、昨日の後半、5着に敗れたレースも、
2番手競りとなった渡邉英児と自分の足の差の把握に失敗し、
ほんのわずかな展開の判断ミスが大敗につながった、という。
しかも、2マークで足がすべってターンにならなかったらしい。
足がすべったというのは、引き波に乗って艇がすべったのではなく、
操縦席のなかで篠崎自身の足が本当に滑って
モンキーにならなかったということだ。そんなこともあるんだなあ。
で、篠崎はそういう戦いを「シビアだから楽しい」とハッキリ言った。
強者のメンタリティ、である。篠崎がSGクラスとして存在できる理由は、テクや闘争心やいろいろあるだろうけど、
そのメンタリティがすべてを支えているのではないかと思った。
明日は1号艇1回乗り。エンジンメンバーは強いが、
その気持ちの強さで乗り切ってみせるだろう。
さてさて、11Rのエンジン吊りが終わって、
装着場奥の“気持ちいいスペース”で石川真二と平本真之が
じっと海を見つめている姿を見つけた。瀬戸内の絶景を楽しんでいるのだろうと思い、ひょいひょいと近づいて、
いちおう「何見てるんですかぁ?」と尋ねてみる。
すると……。「どうも水面にうねりがあるみたいなんで、
確かめてたんですよ。ほら、あのレスキューのところ、
変に波打ってるでしょ」 のんびりしていたわけではない。
彼らはちゃんと“仕事”をしていたのだ。
ほんと、暢気に声かけてすみません!
恐縮したと同時に、深く感じ入った次第である。
でも、そのあとは、「瀬戸内の海って、穏やかでいいですよねえ」と
石川もしみじみ。対岸に高松の市街がぼんやり見えて、
その話でも盛り上がる。そのうち平本は堤防の向こうで釣りをしている人を見つけて、覗き込みに行く。と、
結局最後はみんなでそのスペースの気持ちよさを
堪能したのでありました。そうして英気を養って、
明日も頑張れ石川真二&平本真之!
(PHOTO/中尾茂幸=篠崎、石川 池上一摩=それ以外 TEXT/黒須田)