なんとも静かな朝であった。
朝特訓には決定戦も含めて多くの選手が水面に出ていたが、
優勝戦公開インタビュー後にピットに向かうと、
選手の姿がほとんど見当たらない。装着場にちらほら、
ペラ室も数人、試運転に出ている選手もそれほど多くなく、
爽やかな青空が広がっていることもあって、
実にのどかな雰囲気なのだ。 そんななか、
1R終了後にボートリフトに向かったのが中谷朋子だった。
決定戦組では、朝特訓後の最初の着水である。
順位決定戦回りになろうとも関係ない。
中谷はとことん自分の仕事をし、納得するまで調整して、
全力でレースへと向かう。これは今節通して
見かけられた光景である。いや、中谷とはこれまでも
女子王座で何度も会っているわけで、
その姿勢はこれまでにも見られたはずだ。
おそらく視界の端には捉えていたはずなのに、
意識を向けなかったのは明らかに僕の不明。
今節、中谷の魅力にやっと気づけたことは、
大きな収穫だったと思う。
●賞金女王決定戦●
昨日の会見で整備をほのめかしていた山川美由紀を、
今日はピットに入って最初に見かけるだろう……と
想像していたのだが、外れた。角ひとみだった。
整備室の真ん前に置いたボートの前で、
整備士さんと話し込んでいたのだ。
ここにボートを置くということは、昨日までの山川がそうだったように、本体を整備室に持ち込もうということ。
やや離れてじっと眺めていると、外した!
本体整備か!? 優勝戦を前に勝負を賭けようというのか。
ところが。「見るだけ~」。角は明るくそう言って、
本体を整備室に運んだのだった。点検のみ、なのだ。
もちろん、それもまた準備のひとつ。
万全を期すべくチェックするというのは、
丁寧な仕事と言うべきであろう。
角はその後、ボート修理の係の人を呼んでもいた。
カウリングのあたりを指さして話しており、
そーっとうかがってみると、角のネームプレートの
右上端がわずかに、カウリングの上部から
はみ出しているのであった。「気になりだすと気になっちゃうからね~」とやはり明るく係の人に語りかける。
こうした微細な箇所に目が届くというのも、
さすがとしか言いようがない。 角は点検を終えると、
ボートを別の場所に移動している。それを目ざとく見つけて
速攻でボートを運んだのは、やはり山川美由紀だった。
「私の定位置!」とニコニコ顔で、たしかに今節は
朝ピットに行くといつも、ここに山川のボートがあったのである。
もちろん山川は整備に取りかかる心づもりで、
今日はまず機歴簿をしっかりとチェックしてから、
作業に臨むようであった。
プロペラ調整室にいたのは三浦永理だ。
トライアルの間、1R発売中には必ず、試運転する三浦の姿を
目撃した。今日は、公開インタビューがあった分なのか、
着水したのは2R後。しっかりペラを調整し、
2R発走前には着水の準備を整えている。
超抜パワーを支えているのは、
朝から作業を続けるその執念なのか。優勝戦組では、
試運転の面での始動は三浦がもっとも早くなった。
日高逸子、香川素子は、早い時間帯にはエンジン吊りでしか
姿を見かけることがなかった。あ、日高は山川や角と絡んでいる時間帯があったな。いずれにしても、表情はリラックスしており、
雰囲気は悪くなかった。
一方、田口節子はかなりピリピリしているように見えた。
顔つきは険しく、まるで他者との接触を避けるかのような
雰囲気である。GⅠ優勝戦1号艇はすでに
女子王座で経験しているはずだが、田口にとって
今回の意味合いはそれとは違うのだろう。
そのたたずまいは間違いなく、「選ばれし者」のものだと思った。
●シリーズ戦●
決定戦優出メンバーもそうだが、
シリーズ優勝戦組はさらに輪をかけて、
リラックスした雰囲気と思えた。ま、それもそうか、
という気がする。戦っている舞台は、
女子最高峰のGⅠが行なわれている場所だが、
彼女が戦っているのは日常的に戦っている「オール女子戦」なのだ。
もちろんみな優勝を狙っているし、緊張感が皆無とは思えないが、
特別な思いを背負うことがないほうが自然という状況。
動き出しがゆっくりであるというのも、
優勝戦の日のルーティンということだろう。
池田浩美、堀之内紀代子、平高奈菜、金田幸子、
武藤綾子、長嶋万記の6人、
基本的にはエンジン吊りでしか見かけなかった(2R終了後まで)。
いずれも柔らかな表情であり
(いや、金ちゃんは大きなマスクをかけていたので、
本当のところはわからないけど)、
特別な気合なども特に伝わってこない。
緊張が高まってくるのはこれからである。
ちょっと見かけたことといえば、長嶋万記が
真剣な表情で何事かを考え込んでいる姿。
そのあとには笑顔になっていたけど。
あと、自艇のもとで丁寧にボート周りをチェックしていた平高奈菜。
昨日はレース後にボート磨きをする姿を見かけたわけだが、
相棒を徹底的に大切にする様子は今日もうかがえたのだった。
表情は今日も凛々しいぞ!
(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)