BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――がんばれ今井美亜

 

 

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 スリットを超えた瞬間、ピットのモニターで見ていた選手たちが悲鳴をあげた。

 その悲鳴は言うまでもなく、「スタートが早すぎたのではないか」だ。まもなく、モニターに「スタート審議」の文字があらわれる。もうひとつ、悲鳴があがる。

 その対象が今井美亜であることは、誰もがわかっていただろう。

 予選トップの準優1号艇。地元で唯一の参戦。今節最年少。今井が背負ったであろうもろもろが、一瞬にして頭をよぎる。

 審議は長く続き、選手たちはみなセーフであることを祈ったが、2マークに差し掛かる手前で、「①」の文字がモニターに映った。そのときあがった声は、悲鳴だったか、落胆だったか、溜め息だったか。

 繰り返すが、今井は唯一の地元選手である。ピットにいた者の中に、彼女とのゆかりが深い選手はいない。106期生も彼女だけだ。だが、そのとき誰もが今井美亜の味方だった。それぞれに応援している選手もいたはずなのに、そのときだけは全員が今井の気持ちに寄り添い、同情し、我が身に起こったことのように悲嘆にくれた。勝ち負けはともかくとして、みな今井が精一杯戦うことを願っていたのだ。

 

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 ピットに真っ先に戻って、今井はリフトの上でレースが終わるのを待つ。ヘルメットをかぶったまま、水面のほうを見つめていたが、果たしてレースがその目に映っていたかどうか。レースを終えた選手たちが戻ってきて、今井の隣には松本晶恵が入る。あまりに残酷なコントラストが浮かび上がる。松本に対しても、2着で優出を決めた小野生奈に対しても、喝采の声は上がらない。拍手ももちろん。関東勢や福岡勢は、同僚の優出を言うまでもなく喜んではいた。だが、肩を落とす今井を目の前にして、歓喜が表に出るわけがなかった。ただただ沈痛な空気に身をゆだねるしかなかったのである。それは、松本自身、小野自身も同様。特に小野は、複雑な顔つきでエンジン吊りなどの作業をしていた。

 

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 今井は早々に競技本部に呼ばれ、エンジン吊りやボート洗浄(5日目に行なわれる場が多い)には加わっていない。その作業を終えた選手たちが控室へと戻る際、次々と貼り出されたスリット写真を覗き込んだ。みな一様に「これ、オンラインじゃないの?」と口にし、実にわずかなスリットオーバーだったことに対してまた同情の声をあげた。溜め息も聞こえた。顔をゆがめる者もいた。誰もが、今井に起こったことをいつまでも悲しがったのだ。

 みな、今井の気持ちが痛いほどわかっていた。だから、誰も今井の渾身のスタート勝負を責めはしなかった。

 罰則が設けられているということは、フライングは否定されるべき事象なのだろう。だが、すべてがそうだと僕は思わない。今日の今井美亜の勝負に、僕は拍手を送りたい。あえて言うが、プレッシャーに負けてスタートどか遅れでまくられる、なんて負け方よりはるかにマシだと思う。明日は順延になって、今井は一日宿舎で過ごさねばならない。浮かない一日になるだろうか。だが、明後日には力強く前を向き、次の戦いに踏み出してほしい。少なくとも、今日は先頭を走った。まさに紙一重の差だったのだ。今井美亜はいつか大仕事を果たせるのだと証明した準優勝戦だったと僕は思う。

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 こうしたフライングが出ると、どうしても弁護したくなってしまうことをお許しください。もちろん、優勝戦に駒を進めた6人は偉大で、彼女たちのこともちゃんと追いかけている。複雑そうな表情しか見ていないが、松本も小野も間違いなく明後日は全力で優勝戦を戦う。優勝だけを目指して、ひたすら闘志を燃やす。「今節はあまり攻めれてないので、優勝戦くらいは攻めたい」と言った小野の言葉に期待するぞ!

 

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 めちゃくちゃ喜んでいたのは寺田千恵だ。ピットに上がるなり、「やぁったーぁっ!」と跳ねて、岩崎芳美とハイタッチ。いや、胸の高さくらいでタッチしたから、ミドルタッチくらい? テラッチほどの実績のある人が、今さら優出くらいで、と思わないでもないが、そんなテラッチでもやっぱりこの舞台は特別で、優勝のチャンスを手にできたことはこのうえない喜びなのだ。

 

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 寺田は水口由紀の優出にも大喜びしていた。もちろんミドルタッチを交わしています。むしろ水口のほうが淡々としていて、テラッチのはしゃぎっぷりが実に面白かったっす。

 その時点で、水口は自分が優勝戦1号艇となる運命をわかってはいない。そうしたなかで、会見で「足はいいので、自分次第」と何度か言ったのが印象に残っている。そう、優勝戦はまさしく、もっとも自分との戦いを強いられるポールポジションにすわるのである。その言葉をさらに強く実感して優勝戦に臨むことができるか。カギはここにあるだろう。水口の粛々とした雰囲気を見ていると、問題なしという気もするわけだが。

 

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 で、やはり2号艇になるという運命を知らなかった谷川里江は「3号艇のほうがいい。2はヤだ」と言っていた。残念、ヤな枠になってしまいました。たしかに、ベテランの域に入っても自在な攻撃力がある谷川にとって、3号艇(3コース)のほうが彼女らしいレースができるだろう。一方で、百戦錬磨の里江姐さんなのだから、2コースでも何の不安もない、と思う。もし勝てば19年ぶりの女王戴冠!「えっ、その話? ハハハハハハ!」と意味深に笑っていたけれども、もちろんおおいに可能性はあると思う。

 

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 で、平山智加の柔らかい表情が、実に実に力強いものとして見えたぞ。なにしろ、レディチャン優勝戦はこれまで、1号艇しか知らないのである。常にもっとも重圧を感じる状況を強いられてきたのである。初めての外枠での優出。そりゃあ昨年とか一昨年と表情が違って当たり前である。あの苦しさを知っているからこそ、明後日は自然体で臨める。また、それを平山自身、楽しんでいるようにも見える。そうなると、そもそもが格上の選手なのだ。この半年、鬼のようなSGレーサーばかりを相手にしてきたのだ。5号艇でも、もっとも怖いのはやっぱりこの人だと思うのだが、どうか。(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)

 

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いちばん悔しさをあらわにしていたのが平高奈菜だったと思う。そのピュアな勝負魂が、いつか大仕事を果たす原動力となるはず!