いやはや、太田和美は強いなあ。優勝戦を終えて、まず率直にそう思った。
レース直前には、かなり険しい顔つきになっている太田を見た。グランプリ当確、という状況だって、もちろん気を緩めるわけがない。そして、優勝戦1号艇を何としてもモノにしようと燃える。「チャレンジカップは勝負駆け」というのは、あくまでこちらの固定観念なのであって、まったく違う次元で勝利をひたすら追求する太田に、なんだかんだ言っても、この人が勝つんだろうなあ、と漠然と考えたりしたのだ。
勝ってみれば、実に泰然としている太田和美。柔らかな笑顔を浮かべ、歓喜をあらわにするわけでもなく、しかし充実感はたっぷりとその笑みにたたえて、勝利の喜びに浸る。これもまた、強者の姿なのだと改めて思った。また、そんなときの太田ワールドは実に心地がいい。これで3年連続で太田のSG制覇を目撃したわけだが、その都度、太田の醸し出す空気にこちらも笑みが浮かぶ。
いやはや、やっぱり強いなあ。レース後に見せる太田の周囲を包み込むような雰囲気は、決して激しいものではないけれども、そこに強さの源泉があるのではないか。僕が言うのもなんだが、太田和美の強さは本物だ。
勝負駆けウンヌンはこちらの固定観念と書いたが、菊地孝平を見ていてもそう感じた。今日もいつも通りに勝利を追い求めて勝負に挑む姿を、一日通して目にした。プロペラに向き合う姿勢など、オールスター(笹川賞)やグラチャンと何ら変わりはない。
レース後は、たとえばダービーの優勝戦後よりは笑顔が多く見えたような気もしたが、そこに大きな意味はないだろう。勝てなかった悔しさは間違いなく、菊地のなかにはある。どっちにしてもランキング1位だから良しなんて考えは、毛頭ないはずだ。
茅原悠紀の場合は、グランプリ当確なんてこと以上に、SG初制覇を本気で狙っていたはずである。今節、もっともインパクトの強いレースを見せたのは、茅原だろう。驚異的なスピードターンで、次々に他艇を飲み込んできた茅原は、誰もが認める、今もっともすばらしいターンを見せる一人だろう。もちろん、優勝戦でもその再現を脳裏に浮かべていたはずである。
不運だったのは、うねりが強く出ていたことだ。1マークでは握っていったが、昨日3コースから見せたようなキレのあるツケマイにはならなかった。これは悔しい。力を出し切ったという思いはなかったのではないか。スタートでやや後手を踏んだことも含めて、悔いの残る敗戦だったと思う。
ピットを後にするとき、ちょうど岡山支部がタクシーに乗り込むところと出くわした。お疲れ様でした、と声をかけると、守屋美穂や吉田拡郎は笑顔を浮かべつつ返してくれた。しかし茅原は不機嫌に見えた。もう薄暗くてこちらを認識していなかったかもしれないが、悔恨はまだ消えていないと僕には見えた。深読みかもしれないが、遠からずではあると思う。
そして、井口佳典もまた悔しそうだった。この人は勝負駆けのつもりだったんだよな。そう、ベスト6入りを本気で狙っていたのだ。実現するには優勝しかなかった。だから、優勝しか考えなかった。モーター返納を終えて、控室へと戻る井口は、ちょっと声をかけにくいほど、憮然としていた。そんな井口がカッコ良かった。
一方、勝負駆け組は渾身のレースを戦った。吉田俊彦、惜しかったな~。あと一歩。あとほんの少しで逆転18位入りが果たせた。2着の目は充分にあっただけに、3着はやはり悔しい。レース後は、苦笑を浮かべながら顔をゆがめる姿があったが、このあと一歩感は吉田に悔しさしか残さないだろう。見せ場はつくったとはいえ、それが吉田の慰めになるとは思えない。
そして、濱野谷憲吾は脱力感いっぱいの悔しがり方だった。写真の場面を実は見逃してしまったのだが、控室に帰る際、僕の姿を見つけて、同じ顔を見せた。「ダメだったぁ~」。大きな大きな苦笑いは、ある意味で濱野谷らしいレース後とも言えるのだが、しかしこんなにハッキリと悔しさを口にしたり、表明したのを見るのは珍しくもある。それだけ本気で、平和島グランプリに自分がいなくてはいけないのだと誓っていたのである。最後に濱野谷は手のひらを両目に当てて、さらに悔しがってみせた。それは、僕が初めて見る濱野谷憲吾の本音中の本音だったかもしれない。
さて、この結果を受けて、石野貴之と田村隆信がベスト18入りを決めた。今日は一日、慄然たる鋭い表情を見せていた石野だが、グランプリ行きが決まって、さすがに頬が緩んだ。特別選抜B戦、1マークでは差されながら、2マークでは渾身のツケマイで逆転して1着。これがグランプリ行きを引き寄せた。
「1等しかないというのはわかってましたからね。コケてもいいというくらいのつもりで行ったんですよ」
そう、これもまさに勝負駆け! 優勝戦ではなくても、チャレンジカップはやはり勝負駆けであり、石野はそれを最大限に体現してみせたわけだ。カッコ良かったなあ。
そして、田村は生き残った! 言ってみれば他力の部分もあったわけだが、6Rで前付けに動いてきっちり2着に残ったのが大きく、もちろん胸を張っていいベスト18入りだ。シリーズ序盤、田村に声をかけられた話を書いた。あのとき「編集長から見て、僕は大丈夫ですか」と聞いてきた。僕は「もうひと頑張り」と言った。すると田村は、実は「大丈夫って言葉が欲しかったな~」と笑っていたのだ。そこで僕は、ウソになってもいいという思いで、断言した。「ああ、大丈夫でしょ!」と。田村は「元気もらいました~」とまた笑った。
というわけで、田村は閑散としたピットで僕を見つけると、駆け寄って控えめに握手! そして当然、僕が田村に言ったのは「ほらぁ、大丈夫だったでしょ?」だ。田村はあははは~と笑った。「なんとか乗れました!」。ニコッと微笑んで去っていた田村は、グランプリでの大暴れを予感させる雰囲気でしたぞ!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)