スタンドからの死闘
12R 進入順
①桐生順平(埼玉)16
③峰 竜太(佐賀)19
⑥菊地孝平(静岡)13
②井口佳典(三重)30
④石野貴之(大阪)31
⑤毒島 誠(群馬)31
桐生順平が2017年のボート界の頂点に立った。おめでとう!
このレースも私はスタンドの2マーク寄りに立っていた。前付けに動きそうな、あの男を見たかったから。ファンファーレの前から凄まじい歓声。住之江のこのスポットはピットに手が届きそうなほど近いから、選手たちへの思いがまんま叫び声となってスタンドに轟く。もちろん、その声の多くは「イシノ」という単語だった。
ファンファーレとともに、ボルテージが一気に上がる。
「頼むぞ、頑張れ、イシノーーーッ!!」
若者が叫んでから、こう付け加えた。
「その前に、とりあえずキック、頑張れーー!」
菊地が激しく動けば、それに比例して石野のチャンスも増幅する。そう考えているに違いない。その期待に応えるように、菊地が動いた。抵抗する毒島の外からグンと加速してゆく。同時に、2号艇の井口の舳先がスッとその争いから退いた。
菊地を入れてのダッシュ戦法。
そうと知った観衆は、蜂を突いたような大騒ぎだ。
「やった、やった、やると思ったっ!!」
誰かが叫ぶ。
「よっしゃ、それでええっ!!」
先刻、石野と菊地にエールを送った若者も絶叫する。並びは136/245。今節、もっともスリットから激しく攻めたてている井口10号機の4カド。その井口が昨日までと同じように攻めたら、外からマークする石野にも一撃マーク差しの展開が生まれる。
一方、私はズンズン前へ進んでいくスロー勢、特に緑色のカポックを凝視していた。今日の菊地ならロケットスタートから井口を止めて、そのまままくりきれる。そう思いながら……。
12秒針が回ってダッシュ3艇が動き、間もなくスロー勢も発進した。2マーク寄りの観戦は待機行動を堪能できるが、ここから先は肉眼ではわかりにくい。私の視線は大型モニターへと移ったのだが、すぐに妙な違和感を抱いた。
ダッシュ勢が、遅い!
スリットラインでそれは明確なものになる。スタートは上記の通り。外3艇は完全にタイミングを逸した。直前に気圧が極端に下がったせいなのか、井口が起こしのタイミングを踏み違えたのか。そして石野と毒島は、井口との連動を意識し過ぎたのか……とにかく、これだけの大差があっては井口10号機でも先攻めは不可能だ。内3艇に絞られた1マーク争奪戦で、まずはスッと伸びたのが3コースの菊地だった。
行ける、今日の菊地の気配なら、そのまま伸びきって内2艇をまくりきれる!
ほぼ確信にも近い思いでモニターを見つめていたのだが、そこから伸びて行ったのは逆に桐生と峰だった。私の見立て違いだったか、これも気圧低下のイタズラなのか……峰が菊地をブロックしながら差しハンドルを入れ、ほぼ同時に菊地がまくり差しを放つ。が、もうそこには桐生はいない。モニターに映された桐生のインモンキーは、遠目でもそれとわかるほど完璧にして華麗だった。
埼玉支部で初のグランプリ覇者となった桐生は、ゴールの瞬間に派手なガッツポーズもなく、むしろなぜだか背中を丸めたように見えた(2マークからは背中しか見えないのだ)。
「ファンの皆さんに感謝したつもりだったんですけど、ガッツポーズしたほうが良かったですかね」
共同記者会見で、謙虚な勝者はこう言って微笑んだ。らしいセリフだと思う。
ゴールを通過した6選手が1マークでUターンし、思い思いにピットに帰還してくる。これが“2マーク観戦”の第2の愉しみだ。もちろん最初は桐生。
「おめでとー、キリュー!」
「ありがとーー!」
「50万獲ったどーー!!」
「メリークリスマス!」
歓声は止まない。それらを聞いた桐生は、シリーズ戦の新田よりも慎ましく右手を上げてみせた。これまた、らしい振る舞いだ。
2番手の井口は、少しうなだれながら観衆の眼前を過ぎていった。
「イグチーー、ようやった、気にすんなー」
誰かが大声で叫ぶと、井口もほんの小さく右手を上げた。それだけで、観衆はドッと沸く。そして3番手の峰は……ファンが拍手をする間もなく自ら右手を何度も突き上げ、立ち上がりそうなほど上体を跳ね上げている。
こら、峰リュー、あんたは負けたんだっつーの!!
それでも、やんやの大喝采だ。その後の菊地や毒島にも労いの言葉をかけ続けた観衆は、最後の石野を待った。
ゆっくりゆっくりやってきた石野は、申し訳なさそうに俯いていた。その寂しそうな背中に、実にさまざまな声が飛び交っていた。
「イシノ、ようやった、よう頑張った!」と若者。
「イシノくーーーん!」と女性の涙声。
「来年こそ獲れよ、イシノ!」とオッサンのダミ声。
「こら、なんやねんアレは、謝れ!」と若者。
同時に、2マークに残った多くのファンから拍手が沸き起こった。それらを聞いていたであろう石野は、俯いたままピットへと戻って行った。その胸に去来したものは、本人にしか分からないだろう。
さてさて、今回の優勝戦は勝者へのあれこれよりも、2マークからの待機行動レポートに重きを置いてしまった。新田と桐生のファンにはさぞや物足りないだろうが、許していただきたい。今節は「深川のいるグランプリ」というテーマを胸に秘めて住之江にやってきた。そして、トライアルと優勝戦は抽選や成績による妙もあって、進入争いが例年以上に熾烈なものとなった。初心者や枠なりレースを見慣れたファンに、ボートレースならではの大きな醍醐味=進入争いが「面白いもの」として心に響いてもらったとするなら嬉しい限りだ。来年以降も、ピットアウトから見る者の心を揺さぶるグランプリであってほしい。(text/畠山、photos/シギー中尾)