「うねりに負けた~」
ピットに戻り、カポック脱ぎ場に到着した今村豊の第一声だ。他の選手もそれに微笑で返す。1マーク、まさかのキャビテーション。明らかにうねりに乗っての失速だった。やはりそこに敗因を求めるしかない。言い訳にする、というよりも、そうしてジョークっぽく口にしなければ悔恨のやり場がないということだろう。
モーター返納時にも、今村は同じ言葉を繰り返していた。
「野添に負けたんじゃなくて、うねりに負けた」
いたずらっぽく笑う今村に、野添貴裕もまたニッコリ笑う。野添は今日の優出インタビューで「レジェンドをやっつけたい」と言っていた。それを受けて、今村も野添に語り掛けたのだろう。足は間違いなく良かったが、優勝戦では活かせなかった野添。もちろんうねりの凄さは感じていたはずで、今村の言葉に癒された部分もあっただろう。
そう、優勝戦の時間帯、うねりは節イチクラスになっていたのだ。11Rでも今垣光太郎がインでキャビっている。ある意味、優勝戦を戦った面々にはツキがなかった。3コースから握った市川哲也も流れ気味。5コースから攻めた柏野幸二も同様で、失速した今村を避けなければならなかったのも、うねりの影響と言えなくもない。平石和男にしても、うねりのなかでは6コースは遠すぎる。ということもあってか、あるいはマスターらしいたたずまいということもあるのか、今村以外の4人は淡々とレース後の作業にいそしんでいるように見えた。
走った選手にいろんな思いはあるだろうが、百戦錬磨であっても足をとられてしまうような事態が起きたりする。何があるかわからないのがボートレース、という基本をマスターたちは改めて知らせてくれたといえようか。そうしたなかでもきっちり完走し、レースを成立させたのはさすがと言っていいだろう。
勝ったのは渡邉英児! 前回のGⅠ制覇は98年7月の浜名湖周年(GⅠ初優出初優勝!)だったから、実に19年9カ月ぶりのGⅠ制覇である。野添が今年の近畿地区選で19年ぶりのGⅠ制覇と騒がれたが、それを上回ったわけだ。レース前、「久々の記念制覇を果たしてやる!」的なアツい様子はまるで感じられなかったし、レース後、「久々に獲った!」というウェットな雰囲気もまるでなかった。それが、渡邉のパーソナリティということだろう。
むしろ、表彰式に向かう渡邉のボートからエンジンを外し、整備室方面に運んでいる服部幸男の顔が満足そうな微笑みに満ちていたのが印象に残る。渡邉ももちろん笑顔での帰還となっていたが、それを出迎えた哲人の笑みは実に重いもののように思えた。
渡邉はいかにも好青年然としており、たとえば優勝後の共同記者会見の間も笑みを絶やすことはなかった。静かに、ただただ笑っているのだ。しかし、渡邉の足取りを見てきた服部の笑顔を思い出すと、渡邉のそれも決して軽いものではないのだろう。
渡邉のプロフィールには、「ボートレーサーとしての目標」欄に「SG優勝」とある。
「今思い返すと、ナメてたかもしれません。GⅠもSGもそのうち獲れるわ、そんなくらいに思っていた」
結果、2つめのGⅠ制覇には約20年かかり、SGの舞台に登場すること自体がそう多くはないという現状がある。笑顔で「獲れなかった20年」にピリオドを打った渡邉は、今後、その笑顔にまた別の意味を持たせるようになるかもしれない。一見、ガツガツしているようには見えなくとも、チャンスが巡って来れば本気で獲りに行く気持ち。それが笑顔の奥にきっと息づく。
ともかく、誰をも悩ませたうねりを苦にすることなく差し切ったレースぶりはお見事! 渡邉英児、おめでとう!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)