BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――6日目②朱夏

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「よかった!」
 風が止んだ夏真っ盛りの蒸し暑いピットに、中村桃佳の声が響き渡る。山川美由紀が1周2マークを回ると、まず中村桃佳、そして谷川里江がピットの最前列に駆け出てきた。史上最多、四度目の女王になった山川美由紀を、真っ先に出迎えるためだ。
 3周1マークを回ると、他の選手たちも一斉にピットに現れる。
「すごい!」
「すげぇよ!」
「かっこいい!
 選手らは口々に山川を称賛しながら拍手をしている。海野ゆかりも興奮しながら、左手の手のひらに、右手を垂直に立てるジェスチャーをし「見た!?」と感嘆する。
(あのスタートを見たか?)
 凄いレースを目撃してしまったため、とにかく誰かに語り掛けたいようだった。

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 女王がピットに帰ってきて小さくガッツポーズ。岸にいるすべての選手が手を振ってそれに応える。これまでにたくさんの優勝者を見てきたが、ピットの全選手が勝者を褒めたたえているシーンを見た記憶はない。本当に心の底から喜んでいるようで、皆が山川をリスペクトしていることがよくわかった。

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 山川美由紀は平成の女子戦を引っ張ってきた存在だ。平成元年に初優勝を飾ると、平成8年には第9回女子王座決定戦(現・レディースチャンピオン)を優勝。さらに「女子がGⅠを優勝するなんて無理」といわれていた時代に、GⅠ四国地区選(平成11年)を優勝して世間を驚かせた。
 山川の活躍をみて、「自分もやれるかもしれない」と勇気づけられた女子選手は多い。そして勇気づけられた女子選手たちの後の活躍を見て、さらにボートレーサーを目指す女の子も増えていった。山川は、今の女子ボート界の隆盛の礎を築いた存在だといっても過言ではない。

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 しかもただの礎ではない。平成期を通じて常に第一線で活躍してきたのだ。昨日も書いたが、平成元年代、10年代、20年代、そして30年と、年齢を重ねてもレディースチャンピオンを優勝。ファン投票で若手選手が多数選ばれた昨年の第1回レディースオールスターでも、力の違いを見せつけて優勝を果たした。プロスポーツの世界には、かならず世代交代の波が来るのだが、山川はその波に抗う、いや、いとも簡単に波を乗り越えて、平成を戦い抜いてきたのだ。

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 テレビの優勝者インタビューが終わると、記者たちのカコミ取材が始まる。記者の「ガッツポーズをしませんでしたね」という質問に対して、山川はこう答える。
「ちょっとしましたよ。もう51なんで、あまりはしゃぐのもどうかなと思って」
 しかし「賞金ランクが中村桃佳に近づきました(実際はこの優勝で抜いた)」という声に対しては、目を爛々と輝かせて。
「おお、抜きたい!」
 と食い気味に速答。記者たちを笑わせた。

 

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 青春が終わると、朱夏という季節がやってくる。青い自分に悩みもがいた時期が終わった後にやってくるのが、真っ赤に燃え盛り生命力に溢れる朱夏である。
 イチかバチかのギャンブルでピストン交換。他艇を置き去りにするインからのトップスタート。51歳の山川美由紀の今シリーズでみせたレースぶりは、経験と生命力に溢れる朱夏の真っ盛りに見えた。

 夏は終わらない。

(TEXT/姫園 PHOTO/池上)