10R
出たーっ! 高田ひかるの怪獣まくり! 6コースから伸びて内を沈めていく1マーク手前で、ピットには「おーっ!」という歓声のような、驚きのような、そんな声が小さく聞こえてきていた。高田の持ち味と誰もが知っているが、この大一番でも炸裂しようとは。
ボートリフトで待ち構えていたのは谷川里江と水野望美。高田が真っ先にリフトに近づいてくると、両手を掲げてピョンピョン! 昨日もそうだったが、谷川が実に楽しそうにゆっくりとリフトまで帰ってくる高田に手を振っていた。今節は三重支部は単独参戦。しかしこの大先輩が勝利を喜んでくれるなら、高田もこんなに心強いことはない。
そして、高田自身も笑顔! GⅠ、いや“王座”準優での6コースからの持ち味発揮は、もちろん会心でもあり、またこれまでやってきたことが間違っていないことの証明でもあるわけだから、嬉しいに決まっている。もちろん、伸びを仕上げられたことで明日への楽しみも生まれてきたことだろう。
会見では、仮に3号艇として「3カドに引きたい」と質問に応えている。他の選手たちがそれを簡単に許すかどうかは別として、高田が颯爽と後ろに引っ張ったとき、ファンの興奮は一気に高まることだろう。この人の優出は、本当に楽しみだ!
まくられながらもなんとか2着に残した山川美由紀。悔しくないわけがないとは思うのだが、しかしこれはもう仕方ない。昨日の寺田千恵と一緒で、あれだけ伸びられて叩かれてしまえばなすすべがないわけで、むしろ優出圏に残せたことは喜んでいいことかも。というわけで、レース後は苦笑いを若干含みながらの笑顔が目立っていた。それがむしろ歴戦の強みをあらわしているようにも見えた。
沈痛だったのはやはり地元の長嶋万記だ。ピットに戻り、ヘルメットを脱いだ時の表情は当然のように暗かった。山川とすれ違うような格好になったとき、長嶋は「ありがとうございました」と頭を下げながら笑顔を作った。そう、作った。目はまるで笑っていなかったし、コンマ10秒くらいで暗い顔つきに戻る。先輩への、戦った相手への礼儀を欠かすまいとしたことがむしろ切なく、こちらの胸にも迫る。5日目のレース後恒例のボート洗浄を数分かけて行ない、その後に高田に対して祝福。これはしっかりと目も笑っている、爽やかな笑顔だった。しかしそれもコンマ15秒くらいで真顔に戻った。その表情の動きが、長嶋の心中を何よりも強く物語っていた。
一言。節間通して、本当にいい戦いを見せてもらったぞ、長嶋万記。
11R
このレースも「まくり」が波乱を呼んだ。櫻本あゆみだ。4カドから伸びて、同期の守屋美穂をも呑み込んでしまった。もともとまくり屋の櫻本が、10R同様に本領を発揮したかたち。ポイントは風向きか。10Rは右横風6mだったものが、11Rは向かい風7mに変わっていたのだ。まさにまくり風。櫻本は向かい風を自身の追い風としたわけである。
ニッコニコで帰ってきた櫻本は、先輩たちの祝福を受けてさらに笑みを深めていく。こうして笑ってみると、かなりの童顔ですね。東京支部の御大・渡辺千草もゴキゲンに櫻本を祝福。さらに櫻本の目尻は喜びにあふれて下がっていくのだった。
10Rの山川同様、守屋美穂にとっては致し方のない敗戦。自身もコンマ04と踏み込んでいるのだから、櫻本の会心の一撃と向かい風にしてやられた格好だ。ただし、守屋は3着に敗れ、優出圏に残ることができなかった。これは悔しい。モーター洗浄の際、香川素子に話しかけられた守屋は、眉間にしわを寄せ、身振り手振りを加えながら、どうにもできなかった状況を悔やんだ。せめて2着に残せていれば、といったところだろうか。予選を通して快進撃だった守屋が、一撃に沈む。その不条理に守屋は落胆しただろうし、やはりまくりは恐ろしく、そしてやはりボートレースの醍醐味のひとつである。
2着は渡邉優美。仲の良い長嶋万記が出迎えているのを見て、力強く親指を立ててみせていた。やったよ! そんな思いがヘルメット越しに伝わってくる。長嶋さんの分も、という思いもあっただろうか。
渡邉に対しても、多くの選手が祝福の声を浴びせていた。渡邉も櫻本のように、笑顔がどんどん深くなっていく。これがGⅠ初優出。その爽快感を前進で味わっているようでもあった。
12R
このレースも「まくり」が波乱を生むのか……4カドから小野生奈が伸びていったとき、そう唸った方も少なくなかったのではないだろうか。しかし、遠藤エミの伸び返しは強力だった。小野は結局遠藤には届かずまくり差しにチェンジ。遠藤が先に回ることとなった。
ところが、小野がターンマークに接触して失速すると、その外から黄色のカポック! 西橋奈未! 今節最若手の新星が遠藤のふところを捉えた! 守屋に続いて、遠藤の快進撃もここで止まるのか。
「この風で差してくると思ったので、ゆっくり回りすぎた。まさか握って来るとは」
西橋は会見でそう振り返った。強い追い風となっていた2マーク、握れば流れる、という判断は間違っていない。しかし、遠藤は規格外だった。ここで西橋は遠藤にまくり切られてしまうのだ。西橋にとって、反省点が大きい2マークとなってしまったようだ。レース後、もちろん優出を喜んではいたのだが、どこか複雑な表情に見えたのはそういった理由だったのか。単に優出を喜ぶのではなく、しっかり自分と向き合うことのできる西橋はさらにさらに強くなることだろう。その思いで臨む優勝戦、6号艇でも決して侮れないと、会見で自身の思いを語った西橋を見ながら感じたのだった。
遠藤としては、冷や汗ものであり、しかし力とパワーの違いを見せつける圧倒的な勝利であり、といった感じだった。小野が伸びてきたとき、遠藤は先に回ろうとターンマークに寄ってしまったと語る。それが差された要因。遠藤ほどの選手であっても、やはりまくりが判断を狂わせる。それもあって、ピットに戻った遠藤は苦笑いの連発。田口節子にクックックと笑われて、首をすくめながらさらに苦笑いだ。小野とは、お互い笑顔でレースを振り返り合う。「生奈が来たから寄っちゃったよ~」「私はターンマークに当たっちゃって~」って感じだろうか。それはそれで微笑ましいシーンであった。
1号艇で勝ったのは遠藤のみ。それも敗戦の危機をとびきりのテクニックとパワーで打ち破っての勝利だった。この勝ち方だけ見たら、遠藤が圧倒的な存在とも見えるのだが、明日はさらに向かい風が強くなるという予報で……。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)