BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――初日から波乱

 これは優勝争いも大波乱だあ。磯部誠がそう呟いて駆け出した。10Rだ。セット交換で一変したか、4カドから一気に伸びて内を呑み込みにかかった土屋智則。同支部の後輩の攻めに連動し、まくり差して先頭に立った毒島誠。ピット内のモニターには「返還④⑤」と、その2人の艇番とともにフライングがあったことが映し出されていた。優勝争いの波乱とは、好モーターを手にした毒島の脱落を指したものだろう。あるいは、土屋もあわせて、今節はベスト6を目指す2人がまとめて脱落したという意味も含まれていたか。そう、毒島も土屋もベスト18入りは当確。グランプリ行きという意味では心配はないのだが、特にエース級のモーターをゲットしていた毒島はベスト6をかなり意識していただろうし、そうでなくともグランプリにはF1の足枷とともに参戦することになってしまった。いろいろな意味で、これは痛恨の勇み足だ。

 一足早く戻ってきて、ボートリフト上で他4選手の帰還を待った毒島と土屋。何事か会話を交わしながら、ふたりともがやや顔を引きつらせていた。それはそうだろう。初日にして優勝争いから離脱しなくてはならないのだ。また、フライングには常に伴う背徳感も襲ってきていただろう。陸に上がると、西山貴浩が土屋のもとに駆けつける。後輩の羽野直也のエンジン吊りもありながら、西山はまず土屋に寄り添ったのである。西山の冗談交じりの慰めに、土屋も少しは癒されただろうか。毒島にも、エンジン吊りを終えたあとに仲のいい菊地孝平らが声を掛けていた。もちろん反省多々ではあろうが、そうした仲間にも支えながら、残り5日、三国SGを可能な限り盛り上げてほしい。

 こういうときは、繰り上がりで勝った池田浩二にも笑顔はない。フライングは誰もが経験しているから、その心中は痛いほどに理解しているだろうし、また今回はいったんは差されてしまっていることも晴れやかになれない理由だろう。たとえばギリギリで予選突破ということになったり、僅差で予選トップとなったりしたときには、アレがラッキーだったと振り返ることにはなるのだろうが、今日の1着に対してはツイていたとは思えないものだ。決してスッキリとした勝利と言うことにはならない。

 土屋のまくりに抵抗し、振り切られて最後方まで下がった宮地元輝にしても、2人が戦線離脱して4着に浮上したことを決してツイていたとは思えないだろう。ピットに戻って、土屋が宮地に対してまず頭を下げている。フライングを切ってしまったこともそうだろうが、それなのに宮地を叩いて沈める格好になってしまったことも詫びる理由になっていたか。しかし宮地は逆に深々と頭を下げて、土屋に詫びている。土屋のまくりに徹底抗戦して、大競りのような格好になったことを、であろう。レースになればいろんなことが起こりうる。しかしすべてが他人事ではないし、そのうえで敬意を抱いて戦う。それがボートレーサーたちだ。

 12Rのドリーム戦でも事故が起こってしまっている。こちらは転覆事故で、しかも多重事故になってしまった。2マーク、先行艇の引き波に引っかかった馬場貴也がまず転覆し、そこに濱野谷憲吾と磯部誠が巻き込まれた。不幸中の幸いは、3人ともが明日の番組に名前が載ったこと。峰竜太はイン逃げ快勝だったわけだが、さすがに複雑な表情でピットに戻っており、やはりこうした事故に関しても選手たちは他人事としてとらえていないということがよくわかる。馬場は妨害失格となって賞典除外。濱野谷と磯部は点増しのレースだったのに0点発進となってしまったが、明日からも元気に走る姿を見せてほしいし、濱野谷と磯部の巻き返しにも期待したい。

 8R、ボートリフトで選手たちの帰還を待っていた上條暢嵩が突如駆け出した。たまたまその進路上にいた僕は、大慌てで道を開ける。何かと思ったら、「試」というプレートとピンク色の艇旗を取りに向かったのだった。上條が出迎えていたのは、同支部の大先輩である松井繁。おそらく松井がボート上から何か合図を出したのだろう。それが「試運転するから」というものだと受け取った上條が、急いでその用意をしたというわけだ。

 松井が8Rを走ったあとに試運転!? いや、「!?」とか書いてみたが、実はまるっきり珍しいことでもない。多くの選手は中盤から終盤のレースを戦ったあとは、その後に水面に出ることは少ないが、松井は時に、残り時間が少なかろうとかまわずに試運転に出ることがある。レースで気が付いたことをすぐに確認したい、すぐに解消したいと思ったら、松井は「明日でいいか」とはしないのである。ただ、その時間帯以降は試運転に出ない選手のほうが圧倒的に多いし、まして松井ほどの実績のあるベテランは、と上條も考えたのだろう(いや、考えたというより、松井がまだ走るという想定がなかっただろう)。試運転の用意をしていなかったのもよく理解できるのである。

 遅い時間帯に試運転を始めたのは松井だけではない。今垣光太郎も、なのだ。今節の最古参2人! 今垣は6Rを走っており、その後に時間をかけて調整。9R発売中に水面に出る準備を入念に行なって、松井と同じくらいのタイミングで水面に出ていった。ちなみに、ふたりが足合わせをする場面もあった。これは豪華にして貴重! 今垣はいつだって遅くまで調整作業にとことん時間を費やすタイプだが、試運転に出ていくというのはそれほど多くない。そこに地元SGへの気合が思い切りこもっている。表情や雰囲気ではなく、作業自体に思いが高まっていることがあらわれているのだ。

 それにしても、今日は遅い時間帯に試運転をしている選手が多かった。SG組では3R1着の片岡雅裕。きっちりと差し切って好発進だったというのに、その後も徹底的に調整と乗り込みを続けた。2年連続グランプリ出場へ、やはりその気合の高まりが伝わってくる。

 GⅡ組はさらに目立った。5Rでやはり差し切り快勝の藤原菜希もその一人。こちらは地元クイーンズクライマックス逆転出場への気合、と見たいところ。表情などを見ていると、どこか淡々としているようにも見えるのだが、選手紹介で「優勝しか狙わない」とも言っているように、やはり内心燃えるものがあるのは間違いない。

 片岡や藤原とは反対に、1Rで見せ場なく敗れてしまった清埜翔子も遅くまで走っていた。調整と試運転を繰り返して、パワーアップをはかっているわけだ。

 試運転には出なかったが、9R終了後に速攻で整備を始めたのが中谷朋子。1号艇4着と振るわなかったレースの直後で、5R6着も含めて、手応えの悪さをはっきりと感じ取ったのだろう。9R終了後、となるともう時間はあまり残されていないのだが、それでも躊躇せずに本体を割った中谷。出遅れてしまった初日ではあるが、これで諦めることなく、悔いなきチャレンジをやり通す、そんな覚悟が見える整備であった。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)