BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――歓喜より安堵

 1マーク、ピットには「うぁぁぁぁぁぁっ!」という歓声が響いている。川原祐明のまくり差しが関浩哉のふところを捕らえた。声の主は間違いなく香川勢――中村日向、田頭虎親、濱野斗馬だ。敬愛する先輩が、GⅠのタイトルに手を届かせた! 彼らのテンションが一気に上がるのも当然だ。しかし……。
 2マークを回って少ししたところで、「あぁぁっ……」という落胆の声が響いた。関が差し返して、川原のふところに飛び込んだのだ。完全にラップ状態で、しかも直線は関のほうが強めに見える。もちろんポジションも、内にいる関のほうが有利だ。川原の再逆転を願いながらも、彼らはタイトルが手から零れ落ちたことを覚悟したに違いない。関が力強く2周1マークを先マイし、完全に先行すると、もう声が聞こえてこなかった。

 川原は、バック水面から直進してリフトに辿り着くかなり前に、ハンドルを二度三度、左右に切った。まるでボートが悔しさに身をよじっているようにも見える。川原の心中がボートに乗り移った、そんな表現だったか。
 それを見て、出迎えた田頭が頭を抱える仕草を見せる。それを見た川原は右手を顔の前で強く二度振ってみせた。「惜しいっ!」。川原はたしかにそう叫んだ。ピットに上がると川原は、ただ悔しさを噛み締めるように黙していた。モーター返納作業の間、後輩たちが話しかけると、悔しそうに顔を歪める。うん、川原祐明、本当に惜しかった!

 勝った関に笑顔はなかった。「すっきり勝ちたかったが、ああいう勝ち方だったので、安堵の思いのほうが大きい」。囲み取材で関はそう語っている。なるほど、歓喜よりは安堵。それはよくわかる。また、差し返した相手は同期である。それを問われて関は一瞬、「勝ちたかった……」と言ったきり言葉を出しあぐねている。何かを振り払うかのように「同期ワンツーでよかった」と微笑を浮かべたが、そう問われれば複雑な心境も浮かんだことだろう。

 関は、実は初日からずっと緊張していたという。地元ヤングダービー。立場は地元のエース。どんな節だって優勝を目標に参加するのは当たり前だが、今回はどうしたって特別な感情が沸いてくる。ざっくり言ってしまえば、どんな節よりも優勝は強い目標となっていた。そのためには取りこぼしは許されぬ。そこに緊張感が生まれるのは当然である。ちなみに、ドリーム戦を勝ったことでギアがさらに上がったそうだ。
 そうなると、首尾よく1号艇で迎えた優勝戦は、勝つことが至上命題のようになっていたのではなかったか。レースは何があるかわからない。井上忠政が仕上げを伸びに振って4カドに鎮座するという脅威もあった。井上だけでなく、相手は勝ち上がってきた強者たちだ。それでも、関は責任感を強く背負ったのではなかったか。

 だとするなら、まずはいったん差されたことは大きな失態だっただろうし、それをひっくり返したことは本当に安堵しか浮かばなかったのかもしれない。あるいは、勝ったというよりは使命を遂行したという思いが強かった可能性もある。ならば、やはり歓喜より安堵だ。
 囲み取材の最後に、次節ふたたび桐生を走ること、それが周年記念であることを振られると、関は「次は先輩たちがいますから」と言って、やっと笑顔を見せた。もちろん2節連続地元GⅠを目指して臨む大会になるが、しかし今回とは立場が違う。エースの肩書は下ろされる。やはり、関が大きな責任感を抱いていたのは間違いない、そう思った。

 もしかしたら、レース場を離れて、家路に着いた頃にやっと歓喜が浮かぶのかも。たしかに1マークは同期の川原に差されたけれども、2マークでの意地と冷静さが同居していた差し返しは見事だったし、節間通しての戦いは文句なしだったし、間違いなく立派な優勝だった。おおいに喜びを爆発させてほしい! その瞬間を目撃はできないけれども、関が大喜びしている姿を想像しながら、今夜の、今節の戦いを反芻するとしよう。
 言うまでもなく、ここはゴールではない。関がそういう心持ちで優勝したことは、今後に生かされなければならないだろう。プレミアムGⅠ3優勝、これで終わってはならないのだ。もうひとつの上の舞台で勝って、水神祭も含めて歓喜する関浩哉が見られるのを心待ちにしたい。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)