4カド発進の青いカポックが明らかにのぞいたスタートを決め、そこから出ていく気配を見せた時、ピットにはちょっとしたどよめきが起こっていた。こう言っては何だが、1週間後にはSGが控えている。渾身の勝負をするならGⅡではなくそちらだろう、などとぼんやり考えた人も少なくなかったはずだから(僕もその一人だ)、ビシッとスタートを決めた片岡雅裕の度胸にまずは驚かされたし、それがどよめきの正体であろう。
「勝つならあれしかないと思ってました」
優勝後の会見でそう語った片岡。もちろんフライングを切るようなことは許されないわけだが、誰もが同じように考えるならば、行ける範囲で行く。4カドという立場だから、なおそういう思いになったことだろう。それがハマった。快パワーの関浩哉が伸び返してまくり差しとはなったが、それにしても「まくるまでは行かないかもしれないと思っていた」と自身の足色も分析できていたから、冷静に差しハンドルを突き刺したのだ。つまりは、勝ち筋をしっかりと想定してのまくり差し一閃だったわけだ。
昨年のメモリアルでのSG初制覇でもそうだったが、会心の勝利を手にしたからといって、大はしゃぎするような片岡ではない。穏やかな笑みを浮かべてピットに戻ってきた片岡よりも、出迎えた石丸海渡のほうがテンションが上がっているように見えたし、3着に入った中村晃朋も悔しさを抱えていたには違いないが、ボートを降りるとすぐに片岡のもとに駆けつけて先輩の勝利を喜んだ。後輩たちのそうした姿にも、片岡はどこか照れ臭そうに微笑むのみ。ボートに乗ってのプレス撮影では、カメラマンのリクエストに応えて両手を掲げたりピースをしたりとポーズをとってはいたが、それもはにかみながらなのであった。そう、これがマーくん! これが片岡雅裕!
とはいっても、実は芯が強い男でもあって、主張するべきことはしっかりと主張する。片岡は高校まで野球に励み、つまり甲子園を目指した少年だった。それはかなわなかったけれども、だからボートレース甲子園には思い入れがある。それを節間に強くあらわすことはなかったけれども、表彰式や記者会見でもその旨をハッキリと口にした。甲子園球場とは目と鼻の先にあるボートレース尼崎。その“リアル甲子園”で、元高校球児が優勝した! それをきっちり表明した片岡は、この大会のコンセプトに照らしても、文句なしのMVPだ!
余談なのだが、記者会見の会場はスタンドのロイヤル席に設けられた特設会場。ところがこの場所を報道陣はあまり認知しておらず、迷っている間にマーくんが真っ先に到着! 僕はたまたまその瞬間に到着したのだが、しばし主役が報道陣を待つという不思議な事態になっていた。するとマーくん、初めて足を踏み入れるレース場のロイヤル席に感動し、客席やソファなどをうろうろと探索。「おー」「わー」「これは楽しそうだー」と軽くはしゃぐのだった。ピットに戻って来たときにははしゃがなかったのに(笑)。そんなマーくんが素敵だ!
次に登場するのはもちろん1週間後のオーシャンカップ。勢いをつけて児島に乗り込むことになる。これで賞金ランク20位と、昨年に続くグランプリ出場圏内が見えてきただけに、返す刀での大活躍に期待しよう。
敗者では、やはり落胆の色が最も濃かったのは関浩哉。インからコンマ13というスタートは過不足ないもので、決して失敗とは言えないのだが、敗れてしまってはそんな思いにはなれない。1マークの旋回の仕方次第では残せたはず、という部分に悔いを残したようで、今夜はそのシーンを反芻することになってしまうのかもしれない。片岡とは反対に、悔恨を抱えて児島に向かうことになる関。尼崎の仇を児島で返す。そんな1週間後にしたいところだ。(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)