1R展示後にピットに入って、まず目についたのはモーターが乗っていない赤いカウルのボート。朝のスタート特訓を優勝戦組は5艇で行なっていて、出ていなかったのは吉田俊彦。まだモーターを装着もしていなかったのだから、スタート特訓に出なくて当然だ。
この場合、2通りの解釈がある。①まだまったく始動していない。かなり余裕があるということだ。②モーター本体を整備している場合。余裕があろうがなかろうが、レース場到着直後から忙しく動いているということになる。トシの場合どちらだったか。整備室を覗き込むと、分解された本体を前にした吉田俊彦がいた。正解は後者である。
部品交換については不明だが、優勝戦の朝に本体を割るとは、ある意味大バクチである。つまり吉田は一発勝負に賭けた。地元で勝つため、SG初制覇を成し遂げるため、パワーアップを施そうとしているのだ。これが実を結ぶかどうかはわからない。ただ、吉田が強烈な気合と思い切りの良さを抱いたのだということは間違いない。
調整の様子をハッキリ確認できたのは、あとは徳増秀樹だ。徳増がしていたのはプロペラ調整。ガラス張りペラ室で叩いていたので、ハッキリ確認できたのである。機力は劣勢だと言っており、もちろんそれを解消するためのペラ調整。とはいえ、切羽詰った様子はなく、いつも通りの雰囲気であり、表情は柔らかい。
もう一人、ペラ調整をしていたのは、松井繁だ。こちらは奥のペラ室でやっていたので、つまりペラを叩いている姿は見ていない。1R展示後にピット入りしてからはその姿をまったく見なかったので、スタート特訓を終えるとすぐにペラ室に向かったのだろう。松井がそこにいたとわかったのは、1Rのエンジン吊りにペラ室から参加したから。しかも、ギリギリまでペラを叩いていたのだろう、ボートが揚げられかかったころに走って駆けつけている。エンジン吊りが終わると、速攻でペラ室へ。切羽詰っているわけでもなかろうが、かなり忙しそうな様子なのであった。
他の3人は、早い段階では作業らしい作業をしていない。鎌田義のモーターにはプロペラが着いたままで、つまりはまだ作業を始める様子もないわけだ。その鎌田は、エンジン吊りの際にも何かをじっと考え込んでいる顔つき。険しく鋭い表情は予選道中とも変わっていないが、しかし気合の表情というよりは、思索をめぐらせている表情であるようだった。何を考え、何を決断して、優勝戦に臨むだろうか。
池田浩二の姿を見たのは、整備室を覗きこんだときにちょっとすれ違ったときと、エンジン吊りのみ。すれ違ったときに挨拶を交わしているが、まったくいつもの池田と変わらず、エンジン吊りでは穏やかな笑みも浮かんでいた。実に落ち着いているし、完全に平常心でいるようである。
太田和美は、ボートを点検したり、もちろんエンジン吊りに出たりと、見かける頻度は高いほうだったが、こちらもまた実にリラックスした様子だ。表情は柔らかいし、まったく肩に力が入ったふうもないし、余裕たっぷりと見える。
池田も太田も、はっきりいって場数が違う。経験値が違う。そう言えば、足もいい。彼らにとっては、これまでにも過ごしてきた優勝戦の一日のなかのひとつ、であろう。やはり怖いのはこの二人か、と思ったのだけれどどうか。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)