朝のピットで見たとき、吉田拡郎が“入って”いるなあ、と思ったのである。強烈なモチベーションとともに戦っていた昨年とは雰囲気が違うが、しかし思いの強さを感じさせる表情だと見えたのだ。吉田には、現在発売中のBOATBoy12月号でインタビューして、その胸の内を聞いている。その下敷きをふまえたうえで、ということになるのだが、間違いなく拡郎のなかに2年連続グランプリ出場の想いはあるように感じられた。
で、そんな拡郎が言うのである。
「ちょっと黒須田さん、表紙なんて聞いてないっすよ!」
その12月号の表紙はもちろん拡郎。そのことに“クレーム”をつけてきたのだ。もちろん冗談だし、ちょっとは喜んでもらえてるみたいでしたけど。特にお母様が喜んでくれたとか。拡郎は08年にBOATBoyカップを年間2優勝したことがあって、その副賞でお母様には毎月献本させていただいているのです。それはともかく、拡郎もまた、そこで自身が語ったことを下敷きにして、最後にこう宣言した。
「“今年”、頑張ります!」
その“今年”は残り5日だ。その表情の力強さとともにその言葉から、初日6着発進を巻き返さんと奮闘することは間違いないと確信した次第だ。
拡郎より条件がやや緩い、というか、今日の次点で19位にいる笠原亮は、僕の顔を見るなり言うのである。
「まあまあ、ですか?」
今日は2着4着。まあまあ、の初日である。相手次第だが予選突破でグッと18位以内は近づくので、悪くない発進であろう。ただ、レースを見る限り、足は悪くないように見えた。ターン足もそうだし、直線も道中で追いつくような感じだった。まあまあどころか……と思えたのである。
「後半少しおかしくなってて、1マークでちょっとバタついたんですよ。前半の感じだったら決まってたかもしれないのに……。直線もいい? みんなそう言うんだけど、どうですかねえ……」
まあ、ちょっとしたオチもある。前節、笠原は蒲郡周年でエース機を引いて、転覆の憂き目にあって予選落ちをするのだが、それまでは素晴らしい足色を披露していた。
「蒲郡の余韻があるんですかねえ」
これがオチだ。だから、「ダービーと比べれば、今回のほうがいい」という比較もあったりする。ダービーは予選突破、準優でも2番手争いを演じている。それと比べれば、と考えれば、やっぱり悪くなさそうだ。明日はもちろんペラの調整と、そうした感覚の調整をして臨むだろう。奇数の笠原亮はコワいぞ~。
さてさて、初日から勝負駆けだから、レースが終わってもあちこちで選手を見かける。お恥ずかしい限りだが、前半の記事に載せた瓜生正義と川野芽唯のコンビって師弟なんですってね。ほんと、お恥ずかしい。初めて行動をともにするのを見たので新鮮なのは確かだが、関係性をちゃんと知ってれば別の書き方があったな。悔しい。終盤の時間帯は、向かい合ってペラ調整をする姿。川野は偉大すぎる先輩を間近に感じながら、さまざまなことを学んでいるだろう。
整備室にもたくさんの人がいたなあ。もっとも長く滞在していたのは今垣光太郎だ。芦屋の整備室は、整備をするテーブルが入口からずっと奥のほうにあるのだが、今垣は明らかに本体を整備していた。出た、整備の鬼! これは12R発売中まで続いていたから、今日最後まで本体を整備していた選手と認定していいかもしれない。今日はしっかり着をまとめているのだが、さらに向上をはかる。これはもともと、今垣がよく見せていた姿である。整備後はルーティンであるボート磨きもしていた。思いっきり“平常心”を発揮しているわけだ。
女子では日高逸子。作業内容はわからなかったが、何度か整備室を覗きに行くと、今垣とともに常に姿があった。日高も女子ではよく整備するほうだよなあ。山川美由紀もその一人だが、今日は見かけていないので、足は悪くないと思われます。一方、日高は実に精力的に調整をしており、こういうところに機力の違いがあらわれたりするものだ。
日高はその後、プロペラ室でも姿を見た。整備して、ペラして、と限られた時間を目一杯使っているのだ。グレートマザーと呼ばれるゆえんはいろいろあるだろうが、こうした姿勢もそのひとつ。日高の背中を見て、女子選手たちは懸命に努力をするのである。
さてさて、ドリーム戦。女子は寺田千恵が2コースからまくり切った。ピットに戻ると、吉田拡郎や茅原悠紀、金田幸子の岡山勢が笑顔で出迎えて、寺田はそれに応えるように甲高い声を張り上げていた。会心ぶりがビンビンと伝わる声質だった。
一方、まくられた平高奈菜はやはり表情が冴えない。その数十分後にJLC解説者の青山登さんと話し込みながら、「あぁぁ~、もぉぅ~」と声をあげているのも聞こえてきている。不安点だった行き足のもっさり感は解消し切れなかったか。1コースであっさりまくられた悔しさはデカいだろうなあ。約100万円差で寺田に追われている賞金ランク。トップを死守するためにも、明日からの出直しが必要だろう。
男子は峰竜太が6コースから快勝! 石野貴之のまくりに乗って、艇団をかち割った。峰らしいまくり差しだった。というわけで、レース後の峰はもう、笑顔しかない。地上波のインタビューに向かいながら笑い、インタビューでも笑い、JLCのインタビューに向かいながら笑い、インタビューでも笑い。深川真二に祝福されて、「やりました!」と声をあげてもいる。この素直さが峰竜太だよなあ。JLCインタビュー後にすれ違ったので祝福すると、こちらの手をパチンと叩いて満面の笑み。こうなったらとことん乗っていくのが峰竜太。現在賞金ランク7位で、逆転ベスト6に向けて視界良好だろう。
対照的に冴えないのは守田俊介。大評判だったパワーをまるで活かせないレースに甘んじてしまった。ピット離れからおかしく、4分の3艇身ほどのぞかれた石野に抵抗し切れない。どうやら昨日はバッチリ合っていた回転が、気候によるものなのか、合わなくなっていて、昨日ほど抜けた足ではなくなっていたらしい。肩すかしっぽくなってしまったが、いちばん悔しいのはもちろん守田自身だ。これで迷い道に入り込んでしまうのか、それとも明日の調整で元の王道に復帰するのか。明日の守田にもやっぱり注目なのだ。(PHOTO/中尾茂幸 黒須田 TEXT/黒須田)