ゆったりとした足取りで、松井繁が試運転用の係留所に降りていく。いったん立ち止まり、叩いたプロペラを光にかざしてラインをチェック。10秒ほどそうして、また歩き出して、自艇のもとに辿り着いた。しゃがみ込んで、プロペラ装着。
これが1R展示前のことだ。松井は12R1回乗りだから、時間はたっぷりとある。それにしては、動きが早い。朝のスタート特訓に出ているのは見かけた。12R組はその後ボートをいったん陸に上げることも多いが、松井はそうはしなかった。調整と試運転を早くから繰り返すつもりなのだ。
今朝は松井だけではなく、準優組に動き出しが早い選手を多く見かけた気がする。松井の隣には石野貴之のボートも係留されていて、こちらも1R発売中に水面に向かう姿を見かけている。すぐ近くには、今垣光太郎のボートもあった。今垣は、整備や試運転をしていなくても、ボートを磨いたり、カウリングを止めるネジのチェックをしていたりと、早くからさまざまな動きを見せるタイプだが、係留所にボートをこの時間から置いているのはやはり異例だ。
今日は気候が一変。雨が上がって一気に湿度が下がり、気温も下がった。準優組であっても早々に調整や試運転を始めるというのは、それもひとつの理由だろうか。
整備室を覗いたら、中野次郎が本体をバラしていた。ピストンリングを交換したようだ。
「洗浄だけするつもりだったんだけど、つい新品に交換しちゃいました。アハハハハハ!」
本当に「つい交換しちゃった」のかどうかはわからない。新品に交換したというのは、明らかにもうワンパンチを求めているはずだからだ。まさに準優一発仕様の交換。もちろん、これが当たりではなかったら、元に戻すという。
「まあ、相手は凄いけど、負けません……負けないように頑張ります」
と次郎は最後にポツリと言った。最初に言った「負けません」が本音だとしたら、この交換(本番では元に戻していたら、もうひとつ上を求めようと試してみた事)は気合のあらわれだろう。
とにかく、それぞれが皆、朝から精力的に動いている! 準優の朝は全員の姿を確認するのにけっこう時間を要するもの。それなのに、今日はほんの20分ほどの間に、全員の顔を見た。プロペラ調整、試運転、本体整備、それぞれに作業内容は違う。しかし、ほとんどの選手が、1Rがピットアウトするまでには何らかの動きを見せていたと言っていい。予選トップの超抜・坪井康晴だって、ペラ調整に励んでいたのだ(おそらく微調整)。1R発売中にはボートを着水もしているのだ。僕はそこに、「ファーストSG準優への気合」を感じないわけにはいかなかった。
あ、さっき全員の顔を見た、とか書いたが、一人だけ例外がいました。守田俊介だけは、1Rのエンジン吊りでようやく見かけたのでした。気合入ってない? いやいや、これが守田俊介スタイル。あのダービーのときだってそうなのだから、俊介はいつも通りに、俊介なりの闘志を胸にたたえている、と思う。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)