こちらの顔を見つけた田村隆信が、頭上で大きくバッテンを作る。
鳴門オーシャン勝負駆け、ダメでした。
その合図だ。9R、1着ならば明日につながった。しかし、3着ではほぼ終戦と言っていい。いや、「ほぼ」というのは、僕がそう思いたいだけだ。現実的には、予選突破は絶望的である。明日1着でも得点率は5・20。ここまでボーダーが下がるとは思えない。それこそ、事故多発なんて事態にでもならなければ……それは田村自身も望んでいない。僕も「何が起こるかわからない」と何度も抗弁しつつ、それがあたかも事故を待っているかのような発言であることは自覚して、語尾が小さくなっていく。何が起こるかわからないというのは事実ではあっても、それは苦しい抗弁であるのはわかっている。
ようするに、僕よりも田村のほうが現実を受け止めているわけである。鳴門オーシャンカップの出場を逃した。それをはっきり自覚しているのだ。鳴門オーシャンカップに田村がいない。それを僕はまだ認めたくないのだろう。
その分、田村のほうが気持ちを切り替えて、前を向くことができている。
「年末、ですよ。そのほうが価値が高いと思いますからね。そこを目指して頑張りますよ。明日からの僕は強いかもしれませんよ。肩の荷が下りましたからね」
ひとまず、鳴門オーシャンへの道はここで途絶えた、と書いておく。しかし、田村が本当に目指す場所はそこではない。頂点に上り詰めるために、田村は戦うのだ。今年に入って、田村の戦いには常に、鳴門を透かして見てきた。明日からは、純粋に田村の戦いを注視していこう。この男のレースが“最高のボートレース”を体現していることは誰もがご存じだろう。その“面白すぎる”レースを、ただただ堪能していくとしよう。お疲れ様はまだ言わないが、長きにわたってヒリヒリしながら戦ってきたことに敬意を表します!
田村の話ばかりしていて、市橋卓士は応援しないのかよ、と言われるかもしれないが、もちろん応援している。田村に肩入れするのは、田村のレースこそボートレースだと信じていることと、市橋より実績上位、すなわち地元SGに出なければならないという使命感が強いだろうと想像するからである。市橋は、昨年のここ蒲郡でSG初優出してブレイクを果たした。時期的に、約11カ月後の地元SGを改めて強く意識した瞬間でもあると思う。オーシャン選考締切の4月末までのGⅠで、実際に市橋は気合の伝わるレースを何度も見せた。市橋にも何としてもオーシャンに出てほしいと、願ってきたのだ。
今節、市橋の表情は鋭い。それが即、鳴門オーシャンへの気合と決めつけるわけにはいかないが(去年のメモリアルだって同様だったから)、宿舎で田村と話し合うこともあっただろうし、懸命に調整する姿も見ている。今日、市橋と田村は1便で宿舎に帰っている。宿舎は隣接しているので、列を成しての徒歩移動。田村はやるせない雰囲気で腕を後頭部あたりで組み、それを市橋は柔らかな目で見つめながら、田村の話にうなずいていた。田村の気持ちは手に取るように理解できるはず。明日の市橋は1着勝負! 渾身駆けが確実に見られるだろう。3R、必見!
さてさて、今村豊は日本を憂えている! 今日の終盤の時間帯、すでに作業を終えたミスターは、馴染みの記者さんを相手に熱弁をふるっていたらしい。その記者さんが、「この人、大臣になるってよ」と大笑いしながらこちらに振る。するとミスターは速攻で「そりゃそうよ!」と力強く言った。僕はてっきり冗談だと思って大笑いしたのだが、どうやらミスターは本気らしい。いや、大臣になるのが本気というのではなくて、日本の現状を憂えるのが本気、という意味である。今度は僕に対して語りだし、まだ冗談だと思って笑って聞いていた僕は、ミスターの顔が真剣であるのに気づく。いや~、熱い! 今村さん、いつか引退する日が来たら、次の道は本当に政界進出じゃないっすか?
「そのためには、みなさんが僕が当選する環境を作ってくれないとね」
そう言ってやっと悪戯っぽい顔になるミスター。出馬したら、僕は山口に引っ越して投票しますよ!と返したら、さらにニヤニヤニヤと笑って、いつものミスターの顔になっていた。昨日をもって御年55歳。いつまでも若くいられるのは、それが何に対してであれ、胸の奥にたぎる炎が衰えることを知らないからではないかと思った。その熱い思いをレースに向けて、ミスターは明日からも偉大すぎるボートレーサーであり続けるのである。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)