BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

住之江グランプリW優勝戦 私的回顧

真骨頂

11Rシリーズ優勝戦
①木下翔太(大阪)12
②西村拓也(大阪)18
③馬場貴也(滋賀)15
④篠崎元志(福岡)11
⑤西山貴浩(福岡)13
⑥永井彪也(東京)10

f:id:boatrace-g-report:20191222235226j:plain

 昨日の準優10Rに続いて、『まくり差しキング』が真骨頂の必殺技を炸裂させた。昨日は5コース、今日は3コース。どちらも1マーク手前はほぼ横一線の隊形だった。そこから針の穴を通すような精密にして的確な差しハンドル。肉眼ではちょっとありえないような航跡で、地元・大阪コンビのど真ん中を切り裂いてしまった。さらに言うなら、去年の桐生レディチャン(山川美由紀の優勝)から連綿と続いていた「SG&プレミアムGIの1号艇=20連勝」という記録までザックリと切り裂いた(19連勝でストップ!!)。

f:id:boatrace-g-report:20191222235315j:plain

「もう一発、真骨頂を出せるよう頑張ります」
 優出インタビュー通りの有言実行。昨日も書いたが、馬場は初日のトライアル1st第1戦で不良航法を犯し、その場で事実上のGP陥落が決まった。“消化試合”となってしまった第2戦も6着に敗れてシリーズへの移転。そんなどん底から、移転先のSGを制覇してしまった。18人制(トライアル2段階制)のGPになってから5年。去年までトライアル→シリーズ組に移転した面々は、予選の上位を独占しながらついぞ頂点に立つことできないでいた。

f:id:boatrace-g-report:20191222235349j:plain

 馬場は予選39位という絶望的なポジションから、4日間でテッペンまで這い上がったのである。もちろんそれはGP組のモーターとスピード、技術(=真骨頂)があってこそとも言えるのだが、減点にも移転にも腐らず地道に実直に走り続けた精神力をこそ賞賛したい。2連発のド派手な決まり手とともに(笑)。

f:id:boatrace-g-report:20191222235424j:plain

 一方、馬場の真骨頂をモロに浴びた地元の木下翔太は、2マークで逆転の強ツケマイを放ったがバランスを崩して転覆。28歳の若さをモロに露呈する残念な結果となった。おそらく木下は心の中でファンに詫びるとともに、優勝のバトンを渡せなかった石野へも頭を下げたことだろう。で、この事故を目の当たりにした観衆も木下の身体を心配しつつ、不穏な流れを感じ取ったに違いない。そのスタンドの気配は、確かにGPファイナルへと引き継がれた気がしてならない(←GPレポートへ)。

10年ライヴ

12R GPファイナル
①石野貴之(大阪)17
②桐生順平(埼玉)15
③毒島 誠(群馬)14
④白井英治(山口)14
⑤瓜生正義(福岡)17
⑥吉川元浩(兵庫)17

 レース後、それは期せずして起こった。私が知る限り、ボートレース場ではかつて聞いたことがない特定の選手への合唱のようなコールが。

f:id:boatrace-g-report:20191222235516j:plain

 レースの直前から話そう。ファンファーレが鳴る前から、立錐の余地もない1マーク側スタンドはほぼぜんぶ石野一色だった。
「い・し・のぉぉ、負けんなよーー!」
「石野ぉ、スタート行ったれやぁ」
 あちこちから石野への声援が漏れ聞こえる。で、いざファンファーレが鳴ってからは石野石野石野石野石野石野石野のサラウンド状態で、たまにその隙間から「まこと」「桐生」という名前が耳に届いたが、それも石野石野石野ですぐにかき消されてしまう。右斜め後方から、非常によく通る高音の絶叫がそれに追い打ちをかけた。
「いっしのぉぉ、大阪の意地見せたれーーー!! いっしのぉぉ、大阪の意地見せたれーーー!! いっしのぉぉ、大阪の意地見せたれーーー!! いっしのぉぉ、大阪の意地見せたれーーー!!」
 同じセリフを同じ抑揚で何度も何度も繰り返す。それは、私の耳には呪文のように聞こえた。直前の11Rでの木下翔太の転覆が、そう思わせたのかも知れない。

f:id:boatrace-g-report:20191222235653j:plain

 作戦待機行動がはじまり、動向が注目されていた吉川はまったく動かない。これで穏やかな枠なりが約束されて、スタンドは再び石野サラウンド状態になった。あまりの「石野」に、吉川へのリアクションなどはまったく聞き取れない。唯一、「ブス、引け――ーー!!」という叫びが聞こえた程度だった。石野石野石野石野石野。
 毒島が3カドに引かず、穏やかな枠なり3対3で12秒針が回りはじめる直前、今度は私の左隣(正確には一段後ろ)の若者が、恐ろしい高音と恐ろしいボリュームの声を張り上げた。
「イシノ、逃げろっ!!イシノ、逃げろっ!!イシノ、逃げろっ!!イシノ、逃げろっ!!イシノ、逃げろっ!!イシノ、逃げろっ!!……」
 壊れたCDのように止まらない。それは声援だと言うのに、陣痛で苦しむ妊婦の悲鳴のようだった。誇張ではなく、私の左耳の鼓膜がビリビリ震えてその奥あたりがキーーーンという耳鳴りで一瞬だけすべての音が聞こえなくなった。イシノ、逃げろっ!! この繰り返しは呪文ではなく、悲痛なまでの祈りとして耳奥の一瞬の静寂に溶け込んだ。

f:id:boatrace-g-report:20191222235731j:plain

 そんな状態で、6艇はスタートラインを通過した。2マーク側のファンはその後の正確な動向を肉眼では追えない。薄暗いモニターの中を淡い6本の白線が向こうに流れ、交差し、こちらに戻ってきた。

f:id:boatrace-g-report:20191222235802j:plain

「ヤバイヤバイヤバイ、差さってる!!」
 おそらく超人的な視力を誇る誰かしらが、真っ先に叫んだ。数秒後、あちこちで同時多発的に悲鳴が湧きあがる。
「差されてる、桐生だ!」
「ヤバイ、負ける!」
「石野、あっかん!」
「ほどけ! ほどけ!」
 スリット裏あたりで、老いた私の眼にもその光景ははっきり届いた。桐生の舳先がわずかだが石野をしっかり刺し貫いている。悲鳴は続く。私は、この舳先は振りほどけないのではないか、と見ていた。その先入観は、桐生78号機と石野85号機に対する思い込みに拠るものだ。先月までの同じマッチアップであれば、行き足~伸びがトップ級の78号機が負けるわけがないのだ。

f:id:boatrace-g-report:20191222235843j:plain

「石野、負ける!」と誰かが叫び、「頑張れ、石野!」と誰かが叫んだ。11Rの木下に続いて、石野までが差し抜かれたら、このスタンドの観衆はどうなるのか。この叫びと思いはどこへ行くのか。妙なことを思っている間にも、先頭の2艇はぐんぐんこちらに近づいてくる。2マークの手前、ナイター照明を浴びて2艇が鮮明に見えた瞬間、桐生の舳先は静かに石野の艇尾からこぼれ落ちた。石野のGP制覇、ほぼ確定! この瞬間の歓声は、おそらく今日イチだったと思うのだが、私も興奮していてまるで覚えていない。それは78号機の自慢の伸び足が、かなり低く見積もっていた85号機に屈した瞬間でもあった。先月まではありえなかったこと。それは、そのまま石野の整備力の賜物と呼ぶしかない。トライアル初戦の前にセット交換という大手術を敢行し、さらに連日ほぼほぼ全レースの合間に試運転で足色をチェックした試行錯誤が、78号機以上のストレート足を生み出した。“ありえない逆転”に驚き、興奮しつつ、私はそんなことを考えていた。

f:id:boatrace-g-report:20191222235914j:plain

 2010年から7度挑戦して6優出、準V2回、3着1回。過不足なく「悲願」と呼べるタイトルを、石野はこの1周2マークでほぼ手中にした。大いに安堵したであろう観衆は、凱旋ターンとも呼ぶべき2周2マークと3周2マークで石野に祝福の拍手と歓声を送りつつ、白熱した3着争いにそれぞれの声を枯らしていた。
 悲願のゴールを通過した石野がピットに帰還したのは6番目。2~5着の選手をやり過ごし、最後の最後にゆっくりとピットへと向かった。そして、左に転舵して観衆と真っすぐに対峙し、それから高々と両手を突き上げる。昨日同様、オイデオイデのポーズで歓声を促す。誰ひとり帰らないスタンドのファン(身動きが取れないせいもあるが)も、諸手を挙げてそれに答えた。今まで見てきたどんなウイニングランより、凄まじい光景だった。わずか数秒間の熱狂的なロックコンサート。
 満足したようにうんうんと2度頷いて、石野はスッと舳先を右に傾けた。ヒーローの姿が消えても、観衆は立ち止まったままやはり石野石野石野石野とサラウンド状態で叫んでいた。そして、期せずしてそれは起こる。誰が最初だったのか、それまでの「石野」とは違う「いっしっの♪」の音頭に、ひとりふたり5人10人と乗っかかり、あっという間にそれは驚くほど大きな「いっしっの♪」コールに変貌した。これまで競馬場で「中野コール」(元祖的エピソード)や「オグリコール」を生で観てきた私だが、ボートレース場でのそれはまったく記憶にない。観客数こそ違え、この「石野コール」は「中野コール」同様の自然発生的なサプライズだ。

f:id:boatrace-g-report:20191222235950j:plain

 もちろん、その要因は地元選手への応援などという単純なレベルではなく、石野のこれまでの素晴らしい航跡(功績)、ここまで勝ちきれなかった哀しい歴史、石野の積年の思い(悲願)へのシンクロ、そして凄まじい5カド絞めまくりで今日の1号艇をもぎ取った24時間前のレース……さまざまな要素がてんこ盛りになって、それは生まれたに違いない。あえて一言でまとめるなら、今節の石野の思いは寸分も違わずに地元ファンの思いそのものだった。わずか10秒ほどの「石野コール」ではあったが、“よそ者”の私を感動させるに十分なサプライズだった。そして、「中野コール」がそうであったように、今日の「石野コール」を発した観衆は、長きに渡ってそれを忘れることはないだろう。カッコ良すぎる石野貴之のガッツポーズとともに。(photos/シギー中尾、text/畠山)