セキコール
11Rシリーズ優勝戦
①関 浩哉(群馬)43
②深谷知博(静岡)22
③佐藤 翼(埼玉)30
④前田将太(福岡)21
⑤岡崎恭裕(福岡)16
⑥篠崎元志(福岡)21
締切1分前。2マーク寄りのスタンドの扉を開けると、そこはロックフェスだった。
「セキーーー! 逃げろよーー!!」
「モトシーー行ったれやーー!」
ファンファーレが鳴って、その喧騒は何倍にも膨張する。圧倒的な一番人気は、もちろん白い勝負服の関。
「♪セーーキッ、セーーーキッ、セーーーキッ!」
30歳くらいの男がリズミカルに叫ぶと、何人かの若者たちが呼応して合唱に変わる。珍しく①アタマだけを買っていた私も、マスクの中でこっそりと唱和したことを白状しよう。
特訓からスローに専念していた元志が本番も動いたが、誰も受け入れない。枠なりオールスローで、関の起こしは100mとちょい。余裕はないが、今節の関73号機なら何の問題もなない助走距離だ。
12秒針が回って、関が舳先をちょこんと跳ね上げる。それが着水して進軍開始。やや慎重な起こしだったが、相棒の出足~行き足を考えれば伸び返せるはず。と、見ていたらば……
?????!!!!!
何が起こったか、未だに分からない。とにかく関の艇だけがまったく進まず、スリットのはるか手前で置き去りにされた。勢い2コースの深谷がじわり絞めはじめ、軽々と飛び越え、インコースとまったく同じ軌道を描いて1マークを制圧した。こうなれば、昨日になって一変した出足がモノを言う。ターンマークを回って3秒後には、後続艇を3艇身ほどブッ千切っていた。
それ、関の航跡じゃん。SGを初めて獲るべき航跡じゃん。
心の中で愚痴ってみたが、深谷にとってもでっかい優勝だ。3度目のSGタイトル戴冠のみならず、来年のクラシック権利を獲得。トライアル組だった本人としてはもう一丁上の舞台で決めたかっただろうが、それなりに留飲を下げる「まくり勝ち」だったはずだ。
レースが終わって勝者から順番に帰還すると、観衆の多くは1号艇の関に罵詈雑言を浴びせた。
「ゴルァーーセキーー、×××××!!」
とても書けないような言葉を吐いたのは、レース直前に「セキコール」を煽った30歳くらいの男だった。残酷ではあるが、これが公営競技のあるべき姿でもある。観衆の叱責をすべて受け止めて、また明日から前に進んでほしい。同じ過ちは犯さない、と言い聞かせながら。
イシノコール
12R GP優勝戦
①石野貴之(大阪)
②平本真之(愛知)
③峰 竜太(佐賀)
④磯部 誠(愛知)
⑤池田浩二(愛知)
⑥茅原悠紀(岡山)
締切1分前。2マーク寄りのスタンドの扉を開けると、そこはもう「どこだっ??」という異空間だった。11Rの比ではない声、叫び、悲鳴!! 私の知っているボートレース場ではない。そして、スタンドに渦巻く声の大半は、ある固有名詞で一致していた。
イシノイシノイシノイシノイシノイシノ。どこもかしこもイシノ。他の名詞もあったのだろうが、その三文字の輪唱にほとんど掻き消されていた。
「イシノーーー! いいか、お前だけのレースじゃないぞーー!! 俺の人生もかかってるんだぞーーー!!!」
凄まじい声量の男が叫んで、スタンドがドっと沸く。それを合図に、「イシノ」の合唱がはじまる。11Rの「セキコール」は何人かの若者だけだったが、こっちはスタンド全体を巻き込む大合唱だ。
ななな、なんだこりゃ??
住之江の2マーク寄りと言えば喧騒と歓声のメッカと知ってはいるが、レース前にここまでの合唱は初めてだ。去年まで人数制限で入れなかった人々の鬱憤の発露か、はたまたここ数年のボートレース人気の集大成なのか。よく分からんが、ファンファーレすらも大合唱に包まれている。
2号艇の平本がピット離れで遅れ、スタンドが違う音色でドッと沸く。
「ヒラモトーー取り返せ、取り返せ、取り返せーー!!」
誰かが悲痛な叫びを挙げる。
「カヤハラーー入れるなーー絶対に入れるなーー!!」
違う誰かが叫ぶと、やおら5コースの茅原がエンジンを噴かす。意表の回り直し! またスタンドが歓声と絶叫に包まれる。最終隊形は13452/6。もっとも不気味な男が単騎ガマシに構えて、観衆のボルテージは最高潮に達する。茅原への声援も聞こえたが、それをまた大多数の「イシノ」コールが掻き消す。12秒針が動くあたりまでコールは続いたが、こんな現象もはじめてだ。
そして……大本命のイシノは唯我独尊のトップタイミングで突き抜け、1マークを軽々と先制し、くるりと回ってライバルの峰を置き去りにした。その外ではアウトから伸びた茅原とカド受けの平本が競り合いながら進軍したが、到底イシノに届くレベルではなかった。
バック直線、独走態勢に入ったイシノの真正面で事故灯が点滅した。何がどうなったのか、1マークでひとつの舟がひっくり返っていた。イシノから順番にメンバーを見渡し、それが平本だと判明した。結婚記念日という区切りの日だったらしいが、今日の住之江の水神は平本につれなかった。
レースについて、もう書くべきことはない。今節を見渡しても、ただただ「イシノが格別に強かった」と締めくくるしかないだろう。
ただ……5人の選手たちがまったりゆっくり縦長の隊列で進む中、異空間だけはさらにその異様さを増していた。2周目にはスタート前よりはるかに賑やかなイシノコールがはじまり、その合唱の輪と音量はどんどんでっかくなり、3周目にはほとんど全員がコールに乗っかっていた。
もちろん、それは先頭をゆっくり走る勝者にも届いただろう。最終ターンマークを回って、イシノは右手の拳を突き出した。凄まじい歓声。鳴りやまぬコール。2度目の賞金王のゴールラインを通過したイシノは、バック中央でスピードを極端に緩めた。他の4艇を先に行かせて、ゆっくりピットに帰還する。
嗚呼。2マークを回って立ち上がり、イシノが両手を挙げた瞬間の歓声と大合唱は、本当の本当に言葉では言い表せない。
イッシッノ!イッシッノ!イッシッノ!イッシッノ!イッシッノ!!
こんな風に文字に強弱をつけても色を付けてもまだ足りない。ぜんぜん足りない。かつて府中競馬場で何万人かの「ナカノコール」という現象が突発的に起こったが、私の耳にはそれと同じくらいのボルテージに聞こえた。誇張ではなく、通天閣まで響き渡るんじゃないかと思った。
実質ほぼ半周だけの攻防だからして、私はすぐに今日のレース内容を忘れるだろう。だがしかし、私は今日のイシノコールを死ぬまで忘れない自信がある。もう何十年も昔のナカノコールを忘れないように。
もちろん、今日の凄まじいイシノコールを喚起したのは、イシノ自身だ。勝つことだけにこだわり、初日からハードボイルドな言葉を吐き、ロックな4カドまくりで観衆を魅了し、有言実行で他の17戦士を蹴散らした。単なる地元のエースだからではない、全国のボートレースファンを魅了し、その思いがイシノという固有名詞に集約された。
なんとなく、そうとは分かりつつ、現実離れしたイシノコールを聴きながら私は思った。
ボートレース史上、石野貴之ほど幸せなレーサーはいない。
と。石野本人も、きっといつか今日の現実離れしたイシノコールを思い出し、そう感じるときがくるだろう。そして、そんな幸せなレーサーを現場で間近で目の当たりにし、大声を張り上げた観衆も、ひどく幻想的なこの夜を忘れることはないだろう。私自身も含めて。
なんだか書いててよく分からんが、そんな変なことを思った。名勝負とかデッドヒートとは無縁だけど、もっと異質でもっと大きなものを感じるレースだった。(photos/シギ―中尾、text/畠山)