11Rの木下翔太と同じく、グランプリ優勝戦の石野貴之も、1マークで内懐に潜り込まれた。ターンの出口では桐生順平の舳先がかかっている。スリット裏を過ぎてもほどけない。しかし薄氷を踏むような展開であったが、何とか2Mを先取り。ここが木下と石野のキャリアの差だろう。
これで黄金のヘルメットが10年ぶりに大阪に帰ってきた。地元優勝を待ち望んだファンたちによる「石野コール」に、石野はド派手なガッツポーズで答える。
「危なかった!」
ピットに帰投した石野は開口一番こう叫んだ。しかし厳しい展開であっても、何とか凌ぎ切るのが石野の強さだ。
前のレースから続く大阪支部の沈んだ雰囲気を、石野の勝利が払拭。ピットに集まった大阪支部のベテランから若手まですべてが、新しき大阪の王を笑顔で出迎えた。
かつてのグランプリは住之江がホームの大阪支部が圧倒的に強かった。野中和夫が第3回(88年)を制した後、太田が勝ち、松井が勝ち、田中が勝ち……。しかし09年に松井繁が制して以降、大阪はグランプリから遠ざかる。
順当にいけば湯川浩司や石野貴之の出番のはずだったが、これが勝てそうで勝てない。GPに挑戦すること7回、ファイナル進出6回目にして、ようやく1億円を手にした。
「周囲の期待を感じながら走って来て、やっと応えることができたなと思います」
と石野はレース後に安堵している。
今年は厳しい戦いだった。住之江の正月シリーズを制したものの、記念やSGで優勝戦になかなか乗れない日が続く。
「今までで一番苦しい一年だったのかなと思います」
この言葉は本心だろう。しかし今日のレースで苦しい展開を凌ぎ切ったのと同じように、厳しい1年を石野は凌ぎ切った。メモリアルで優出、高松宮記念を優勝、ダービーも優出と、後半戦で賞金をどんどん積み重ねて、チャレンジカップを優勝し、初のGP制覇につながった。
この粘り強さは、おそらく年齢を重ねても衰えない。野中、太田、松井、田中とつながれてきたバトンを、いま石野が受け取った。今回はシリーズ途中帰郷になった湯川や、今日のシリーズで優出した若手たちとともに、令和の大阪王国を担っていくことになるだろう。
【水神祭】
水神祭をやるかどうか微妙な空気が漂っていたのだが、王者の一声で開催が決定。遅くまで大阪支部の選手が残り、松井の音頭で水面へ。
投げ込まれた石野は、速攻で陸へ。
「さぶ!さぶ!これアカンさぶ!」
と叫びながら、風呂のある選手棟へと消えて行きました。
石野貴之、おめでとう!
(TEXT姫園 PHOTO池上一摩)