BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――手振り

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「マーくん、ありがとう!」
 茅原悠紀が、試運転から係留所に戻ったマーくんのもとに駆け寄った。二人は足合わせをしていたようで、やがてマーくんは両方の手をボートに見立てて、その感触を話し始めた。旋回時をあらわしているのか、両手をそろえて左斜めに動かし、さらに右手を2回ほど小刻みに、上に持ち上げた。出足、回り足で右手、すなわち外の艇のほうが優勢だった、ということだろう。マーくんの表情を見るに、茅原に前に出られた、という雰囲気であった。

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 あ、マーくんは片岡雅裕です。通常、足合わせ後は後輩選手が先輩のもとに駆け寄って感触を話し合うものだが、片岡が単走で1周多く走ったので、先に係留所に戻っていた茅原のほうが片岡のもとに歩み寄った次第だ。先輩だからといってふんぞり返るような茅原ではない。ちなみに、かつて畠山がBOATBoyで片岡のことを「片チン」と書いていて、13年新鋭王座決定戦のピットで「片チンはちょっと……」と異議を申し立てられたことがある。さらに「できれば、艇界のマーくん、でお願いします」。田中将大(まさひろ)と片岡(まさひろ)ですね。実際、選手仲間からマーくんと呼ばれているのであります。

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 2R発売中の4R組のスタート練習から戻ってきた石野貴之。1号艇の須藤博倫と顔を合わせて、肩をすくめ合った。やはり両方の手をボートに見立て、右手だけをグーンと突き上げたのだ。ようするに「外に伸びられた」ということ? 石野は3号艇だから、伸びたのは森高一真か。機力差を見せつけられると選手は不安だろうし、本番ではどう対処しようか策を練るという次第。

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 その須藤は村岡賢人とも足合わせをしたようで、二人で話し込む場面もあった。村岡がここでも両方の手をボートに見立て、右手を前に出したり、左手を前に出したりと、感触を話し合っていた。というわけで、選手たちは手をボートに見立てて、足合わせの感触だったり、レースでの展開だったりを話し合うものであります。出足回り足がいいときは、右手を力強く右から左に動かしてみたり。あ、あと、手のひらをプロペラの翼面に見立てて、どこを叩くとか、どこをひねるとか、表現したりもしますね。選手の手はボートになったりプロペラになったりするわけだ。

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 そうそう、1Rを勝った萬正嗣が、ボートリフトに乗ると出迎えた仲間に向かって、両拳を握り、交互に動かしてみせた。やったぜー、逃げたぜー、ということ? 単なるガッツポーズに飽き足らず、両手でノリノリの快哉? いや、違う。それを見た秋元哲が、手にしていたドライバーを置き場に戻し、急いでピンク色の旗と「試」と書かれた艇番を取りに行っている。今日の萬は、1R1回乗り。これでボートを引き上げ、モーターをボートから外すんだろう、と秋元は考え、ドライバーを手に出迎えたが、萬は「今日はまだ乗るよ(試運転するよ)」と伝えたわけだ。つまり、萬の身振りはハンドルを回す仕草で、それがその後に試運転をするのだという意思表示になっていたわけだ。ボートレーサーの手は雄弁に、意思疎通を果たすのである。(PHOTO/池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)