BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――波乱続く

10R

f:id:boatrace-g-report:20210626185156j:plain

「あぁぁぁぁぁーっ…………」
 整備室に野太い悲鳴が響いた。声の主は吉川元浩だ。4カドから菊地孝平が伸び、内を呑み込むのが必至の隊形になったとき、吉川はたまらず叫んだ。その声は、菊地が先頭で1マークを回るまで続いた。
 内コースで菊地にまくられたなかには同支部の魚谷智之もいたけれども、その悲鳴はやはり、インにすわった愛弟子の高野哲史に起こってしまったことへのものだろう。準優1号艇という大チャンスを手にした高野だ。本人も師匠も、逃げ切っての優出を願っていた、いや、強い気持ちで目指しただろう。しかし、伸び強力な菊地がそれを打ち砕いた。4カドから一気に締められれば、インの残り目は厳しい。せめて2着で優出を、と思う間もなく、高野は流れていった。吉川の悲鳴が小さく消えゆくとき、それは優出さえ逃してしまったことへの哀しさもあらわしているように思えた。

f:id:boatrace-g-report:20210626185231j:plain

 高野、無念。落胆は胸の奥にしまって平静に出迎えた師匠に対し、高野はヘルメットの奥で笑っている、ように見えた。そう、見えた。本来、ここは笑う場面ではないのだが、なぜか笑みが貼りついているように見えたのだ。あまりの悔しさが、思いもよらぬ敗戦が、表情に異常を来したということなのか。ヘルメット越しなので、それが本当に笑みだったのかどうかは確認し切れなかったのだが……。整備室にモーターを運び込む吉川が、最後「しゃあない」と声をかける。そのときの目には、悔いが浮かんでいるようにはたしかに見えていた。

f:id:boatrace-g-report:20210626185257j:plain

 一方、勝った菊地孝平と2着の松井繁は爽快な笑顔である! 菊地はまさに、快心の表情。4カドまくり一撃という、実に気持ちのいい勝ち方で優勝戦へと駒を進めて、そこには充実感が色濃く漂っているのだった。これ、昨年と同じなんですよね。4カドまくりで優出。菊地も忘れていたというが、その分のリベンジ、あるいはオールスターのリベンジ(11、12Rと1号艇が勝てば、優勝戦の内枠の枠番は①と②は入れ替わったが同じ顔触れになっていた)と問われ、こう言い放った。
「リベンジはしない。チャレンジです」
 名言! 過去はどうあれ、明日は優勝へチャレンジ! 爽快な伸びが内枠を捉えるかどうかは、優勝戦の大きなカギとなりそうである。

f:id:boatrace-g-report:20210626185335j:plain

 松井は会見で、バランスがとれていい仕上がりになっている、と言い切っている。最近はエンジン出しに自信があるそうだ。明日もしっかりと調整を怠らず、まだ獲っていないグラチャンのタイトルを獲りにいく。

11R

f:id:boatrace-g-report:20210626185409j:plain

 昨日からややリズムが狂ったのか。峰竜太が2着に敗れた。前本泰和の機力がすごいのか、試運転中の転覆でモーターの気配が下がったか。スリットでのぞかれ、それでも必死に先マイに出たが、その分だけ前本に差し場を提供してしまうかたちになってしまった。2マークでは原田幸哉にも迫られ、なんとか振り切ったが、ギリギリ優出という印象のレースぶり。やはり流れがそっぽを向いてしまったのか。
 会見では、やはり足落ちがあると峰は証言している。その分、わりと論理的にというのか、筋道立って準優と現状を説明した。そして、「エンジンは直るとは思えない。展開を突くターン力で勝負するしかない」という結論に達している。ようするに、最近のSG優勝戦のなかでは、かなり不安げな雰囲気なのだ。もし転覆がなく、逃げ切っていたら強気な言葉が並んでいたはずだと思えば、この雰囲気が実際にどういう結果をもたらすのかは興味深くはある。

f:id:boatrace-g-report:20210626185440j:plain

 勝った前本は、まあ、いつも通りというか、わりと淡々とした様子。同支部の山口剛が同じレースだったので、出迎えた面々が他支部ということもあってか、特に笑顔を弾けさせることもなかった。むしろ峰のほうが、レース直後は表情が豊かだったな(ただし苦笑気味)。
 会見では、やはり出足が甘いということを口にした前本。直線は節イチクラスだと思うのだが、それは前本のスタイルではないと、今節は一貫して出足の部分についての嘆き節を口にしてきた。それはいざ優勝戦を迎えても変わらないようで、明日も朝から願う足色を引き出すべく、調整に精を出すことになりそうだ。ちなみに、試運転のほうがもっと伸びるんだそうです。レースでは出足が甘い分、完全に伸び切るまではいかないんだとか。それでもかなり伸びているように見えるのだから、個人的には一撃仕様も見てみたい気がするんですけどね(笑)。

12R

f:id:boatrace-g-report:20210626185519j:plain

 いやはや、白井英治まで敗れるとは! 今日は9Rまですべて1号艇の逃げ切り。だというのに、準優はすべて1号艇が敗れるのだから、ボートレースはわからない。面白い!
 それにしても、白井のレース後の様子は、完全に敗者のそれだった。いや、2着だから勝者であるわけがないのだが、1マークでは2艇に差されながら優出の権利だけはもぎ取ったのだ。しかし、リフトを降りてとぼとぼと歩く様や、会見に深刻な表情であらわれた姿は、優出選手のそれではなかった。逃げ切って1号艇なら、優勝の最大のチャンスだっただけに、そこから遠ざかったように思えてしまう状況が、白井の心を暗鬱にしたのだろう。
 敗因はペラ調整の失敗、だそうだ。深い起こしを想定して叩いたら、握った時のサイドの掛かりを奪ってしまっていたという。明日は4号艇、今日とは状況が違う。敗因がわかっていて、明日叩き直すことができれば、チャンスは十分あるはず!

f:id:boatrace-g-report:20210626185553j:plain

 そして、予選18位が勝って優出するとは! ツキは完全にこの人が一番だろう。かつてはミスターグラチャンと呼ばれた湯川浩司が、前付け4コースから差し切ってみせた。もう、松井繁が喜ぶこと喜ぶこと! 弾んだ足取りでボートリフトに駆け付け、湯川に向かってグラッツェポーズ。揃っての優出はそりゃあ嬉しいだろうし、昨日の前半、接触によって6着大敗→ペラ交換と絶体絶命となっていた湯川が、すべてを跳ねのけて1着で優出を果たしたのだから、テンションが上がろうというものだ。
 といっても、湯川自身は実に淡々としたものなのであった。湯川といえば、昔はコメディアンキャラで、選手紹介でもパフォーマンスで笑いをとっていた男。しかし、根っこの部分ではあまり変わっていないと思われるものの、公には完全にそのキャラを封印。レースにおいても特別、一喜一憂を見せないタイプになっている。この優出は、ある意味ミラクルで、本人もテンションが上がらないわけがないのだが、それを表に出しはしない。優勝したらどうだろう? グラチャン4度目のV、というより、11年ぶりのSG制覇を果たした時、湯川はどんな顔を見せてくれるのだろうか。それをとても見たいと願っている自分がいる。ともあれ、湯川浩司が俄然、優勝戦のキーマンとなってきたぞ!

f:id:boatrace-g-report:20210626185629j:plain

 あと、上野真之介、残念! 師匠との優出が見えていた中での3着後退は悔しかろう。ヘルメットを脱いで、軽く天を仰いだ上野は、痛恨とばかりに顔を歪めた。同期の桑原悠と話している間も苦笑いばかりだ。師匠も悔しい思いを山ほど、本当に山ほど経験して強くなった。上野も頑張れ!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)