BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――待ちに待った!

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 ピットの奥のほうから、齊藤仁がこちらに向かって諸手を天に突き上げる。レース前、「『BOATBoy』にしっかり書いてくださいよ」と齊藤。もちろんそのつもりではある。ただ、そのためには逃げてくれなければ。齊藤はそのまま整備室のほうに向かい、ひとり優勝戦のレースを見つめていたようだ。
 2周2マークを過ぎて、もう逃げ切りは確定的。そのとき齊藤はモニターの前を離れ、ボートリフトのもとへと向かった。たまたまこちらも、そちらへ向かって歩き出していた。それを見て、諸手を上げた齊藤。それを見て、僕も思わず、両手を掲げてしまったのだった。五十肩でまともに上がらなかったけれども。

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 濱野谷憲吾、14年4カ月ぶりのSG制覇!
 東京支部にとって、待ちに待った瞬間。そして東京のファンにとっても。
 このことには2つの意味がある。まずは東京支部勢のSG戴冠。この間、長田頼宗がグランプリシリーズを獲ってはいた。だが、通常のSGはといえば、07年ダービーの高橋勲にさかのぼる。その前が、同じ年のクラシックを勝った濱野谷だ。こんなにも長きにわたって、東京のファンは他支部のSG制覇を見てきたのだし、東京支部もなかなか新しいSGウィナーを生み出せなかった。

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 もうひとつの意味は、濱野谷自体にかけられてきた期待だ。東都のエースが14年以上もSG戴冠から遠ざかった。その間には、優勝戦1号艇のSGもあった。10年グランプリもそのひとつで、ついに東都のエースが黄金のヘルメットを獲るのかと思われながら、スタートでドカ遅れをやらかしたりした。また、この間には平和島でグランプリが2回開催されている。しかしそこには濱野谷の姿はなかった(東京支部も!)。濱野谷がSGを獲って地元グランプリの舞台に立つ。東京ファンのその夢はついにかなえられはしなかった。いつまでも若々しい濱野谷だが、なんと47歳である。濱野谷がSGを獲れない間、グランプリ2回を含めSG制覇を重ねた関東のライバル・山崎智也が近況SGでは冴えないように、同世代の濱野谷の最後のSG制覇が14年前となってもおかしくないと覚悟していた東京のファンも少なくなかろう。
 東京五輪の開会式を迎えた時期に行なわれたオーシャンカップ。ついに濱野谷が勝った! そう、ついに、だ。個人的には、まさかここまで引っ張られるとは思っていなかったが、とにかく濱野谷のSG制覇を目の当たりにできたのだ! こんなにも感動的な瞬間は、なかなか味わえない。

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 だというのに濱野谷は、いつも通りに穏やかに笑い、淡々とした風情で祝福の声に応え、もちろん感涙にむせぶこともなく、14年4カ月ぶりなどどこ吹く風といった雰囲気で、ある意味当たり前のように勝利の瞬間を迎えていた。まあ、これが濱野谷憲吾、ではある。
 だからむしろ、他の選手の高揚感のほうが強いようにも見えていた。先述した齊藤仁もそうだし、なかでも池田浩二が嬉しそうだった。ウィニングランのためレスキューに乗り込んだ濱野谷に、まるで我がことのように弾んだ足取りで駆け寄って、勝利のグータッチ(5mくらい離れてたけど)。また、ウィニングランから戻ってきて記念撮影に応えている濱野谷に、モーター返納を終えた優勝戦メンバーが次々と笑顔で祝福を送った。それは実に幸せな光景であり、美しい光景でもあった。
 で、そんな数々の祝福にも、濱野谷は穏やかに笑うのみ。それもまた濱野谷らしい、ということだろう。本当なら巨大な感動が巻き起こっておかしくない局面を、そよ風が緩やかに吹いているような雰囲気にしてしまう。それはそれで、なんとも微笑ましく好ましい、ピットの風景なのであった。

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 平本真之には、ナイスファイトと言っておきたい。前半記事で気になる動きをお伝えしたが、やはり! チルト2度で臨んだのだ。残念ながら峰竜太に止められるような形になったが、展示タイムも出ていたし、何より勝利だけを追求した姿勢は称えられるべきである。やることはやった、と思う。だからだろう、レース後の平本はさっぱりした表情をしていた。

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 峰竜太もそれに近い様子ではあった。伸びてくる平本に抵抗するのが精いっぱいという展開、控室に戻り際、こちらの姿を見ると「ああなったらハンドルも入れられないから、勝ち目がなかった」と苦笑しながら、しかし爽やかに言った。悔し紛れのアロハポーズとともに。

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 結果準Vの瓜生正義もまた、淡々としたレース後。篠崎元志は2番手3番手競りがあった分、疲れた表情も見せていたが、特に感情をあらわにすることなく、濱野谷を祝福する際には笑顔も見せている。

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 対照的だったのは馬場貴也だ。ピットに戻った直後も、モーター返納を終えて報道陣の取材に応えるときも、時に眉間にしわを寄せ、顔を歪め、悔しさをあらわにしていたのだった。こんな馬場貴也、今までに見たことがあっただろうか。たしかに、一番惜しかったのは馬場。差さるかとも思われるほどの鋭い2コース差しを放ち、しかし濱野谷の快パワーの前にしりぞけられた。2マークではバタついて流れ、3番手争いにも競り負けた。悔いばかりのレースになってしまったかもしれない。その険しい胸の内が、きっと次なる戦いへの燃料になっていくはずだ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)