BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――心の勝利

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 攻めてきた峰竜太を制して先マイを放ち、堂々と先頭に立った平本真之の勇姿を見ながら、どうしても思い出されるのは4日目の夕刻のことだった。予選トップ通過が見えていながら、本人曰く「意識しすぎて失敗」、大敗を喫して予選4位まで後退したときの、あの落胆ぶりだ。あれは、どう考えても心折れた瞬間だった。後悔ばかりが渦巻き、もしトップ通過だったらという思いも拭えず、そして置かれた状況に絶望しそうになった。予選トップ通過ということは、優勝の現実味を味わうことでもある。それを手放したということはつまり、平本は優勝を諦めそうになった。よくぞ、あの状態を払拭し切った。万感を込めて天を仰いだ先頭ゴールの瞬間、彼の“心のV字回復”に僕はただただ感動した。

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 勝因は、どう考えても「心が折れながらも、そこで踏みとどまった」ことだと思う。昨日も腐らずにしっかりと準優を走り、勝ったことで道がひとつ開けた。その後の準優の結果で道はさらに拡大した。もし折れたままズルズルと引きずっていたら、道は閉ざされていた。結果、予選トップで逃げ切ったときと同じ「優勝戦1号艇」が手に入った。そこで心はさらに上向く。あとはこの日を順調に過ごすのみ。「意外とリラックスしていた」と今日一日の様子を平本は語ったが、朝も、中盤の時間帯も、平本は自然体で過ごせているように見えた。こうなればもう、1号艇に震えることはない。そもそもすでに経験しているこの状況。11年児島グラチャンでは失敗し、16年オールスターでは堂々逃げ切った。もはや平本が後ろ向きになるはずがなかった。
 まさに、心で獲ったダービータイトル、である。

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 平本が先頭に立った瞬間、水面際でビジョンを見ていた磯部誠が声をあげている。二人の絡みを見ていると、小柄でいつもニコニコしている平本と長身で背筋を張っている磯部(つまり姿勢がいい)、どちらが師匠でどちらが弟子かわからなくなったりするのだが(笑)、このときは明らかに師匠の優勝に歓喜する弟子がそこにいた。磯部は「ダービー王!」とも叫んでいる。ウィニングランから戻ると、磯部は係留所に駆け付けてハイタッチ。そこでもまた「ダービー王!」と叫びながら喜びを分かち合っていた。

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 敗れはしたが、峰竜太も平本の勝利を祝福していた。平本が勝利者インタビューを受けるのをチラチラ見ながらにやけているのを見て、きっと何かするだろうと予感していたが、やっぱり! カメラマンの前でポーズをとる平本に飛びついて「おめでとう!」と声をかけた。えーっと、たぶんあなた、邪魔だったと思います(笑)。峰はまさに1マークで平本に襲い掛からんとした敵だったわけだが、彼としては勝ちにいくレースをして、押し返されたのだからあとは平本を祝福するのみ、ということだったのだろう。モーター返納後もサバサバした顔を見せていて、やることはやったという風情でいた。ならば、持ち前の明るさで平本を称える。それもまた峰らしさである。

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 他にも、多くの選手が平本に声をかけた。着替えに向かうと洗濯係のおねえさんたちからも拍手喝采を浴びている。そこには好漢・平本らしい光景があった。そして平本は、充実感あふれる笑顔を誰にも同じように返した。その姿もまた、彼らしさと言える。いろんな意味で、平本真之という男の心中が透けて見えるダービー制覇。そんな平本はきっと、さらなる大仕事を果たしたときに、多くの人たちを感動させるだろう。なにしろ喜びも悔しさも隠さない男だ。それに触れた人たちは、間違いなく平本の姿に心動くはずだ。

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 敗者からは二人。帰還した秦英悟に、すぐさま松井繁、太田和美、湯川浩司の“大先輩”が労いの声をかけていたのが印象的だった。1マークは展開突いて2番手浮上、番手を守っての準Vだ。秦にとってキャリアハイとも言える結果に、実績ではるか上を行く先輩たちも健闘を称えたい気持ちが浮かんだだろう。秦はすぐにヘルメットを取り、凛々しい表情で、ちょっと恐縮もしながら、頭を下げた。この強力な先輩たちからの言葉が、次への強力な栄養分になったはずだ。

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 そして白井英治。峰に叩かれるかたちになって、結果的に何もできなかった。知っていたかどうかはこちらとしてはあずかり知らぬが、表彰セレモニーには今村豊さんが登場している。師匠から祝福される機会を失ってしまった、というわけだ。それを知らなかったとしても、スタート行き切れなかったこの一戦は悔いの残るものになってしまっただろう。だから、敗者のなかでは最も表情が冴えなかったのが白井だった。必ずや、この鬱憤はどこかで晴らさねばならない。近いうちに。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)