村松修二は、どう見ても緊張していた。当然だ。また、そうであるべきだとも思うし、それでいいのだと思う。緊張がもろもろを狂わせることはもちろんあるけれども、それが勝負に直結するわけではないし、また若い村松にとっては素晴らしい経験となったはずだ。
平高奈菜も、ついに辿り着いたSG優勝戦に特別な思いはあったはずだし、展示から戻ってきたときの表情は、いつだって緊張感にあふれている彼女ではあるが、やはり今まで見てきたものとは違って見えた。これもまた当然。6号艇だから気楽、などということはなかったと思う。彼女もまた、これでいいのだと思う。
対照的だったのが、勝った原田幸哉であり、白井英治だった。すでに数多くのキャリアを重ね、修羅場をくぐり抜けてきた彼らは、表情に緊張感はもちろん見えながらも、どこか余裕が感じられた。彼らも、村松や平高が味わった緊張感は20年ほど前には経験しただろう。その後の歳月と航跡を思えば、彼らが優勝戦を前にして震えたりするはずがない。僕はレース前の彼らを見ながらそんなことを思い、またベテランのワンツーを予感してもいたのだった。まあ、“本紙予想”をご覧いただければ、原田-白井の順とは想像していなかったわけだが。
僕らは優勝戦のピットアウトを待つ間、もし村松が優勝すれば平成生まれの選手としては最初のSG優勝だ、などと話していた。ひまひまデータさんによれば、これが10回目の平成生まれレーサーのSG優出。やはり若い力の台頭はいろんな意味で望まれるものであり、そんな会話をしていたのだった。もちろん、遠藤エミに続く平高の快挙についても話した。6号艇からの勝利はかなりハードルが高いけれども、やはり期待せずにはいられない。原田や白井の一味違う雰囲気を見てもなお、さらにまったく違う舟券を買っていてもなお、そうした快挙に思いを馳せていたのだ。しかし、終わってみればマスターズ世代のワンツー決着。予感が正しかったということなのか。
それにしても、原田の若々しいスピード戦には、昨年手にした名人位という称号に違和感を覚えてしまうほどである。コンマ09のトップスタートからのまくり差し。スタート力も旋回力も、実に鮮烈である。ウィニングランの間、篠崎元志が桟橋の手前で原田の帰還を待ち構えていた。原田がレスキューを降り、ハツラツと駆け足で桟橋を駆け上がると、篠崎は一言「天才」と言った。原田の笑みが深くなる。「外から見てて、スゲッ、って」。5コースから勝ち筋を探しながら、原田がスピードに乗って突き抜けていくのを間近で見たのだ。元志の目に焼き付くほどに、峻烈なまくり差し。原田はこの後、表彰式やら記者会見の行事があるのだが、元志は「僕、(終わるのを)待ってますから」。今節、長崎支部は原田のみ。通常は同支部の選手が待っていて、一緒に帰るものだが、元志がその役を買って出た。「マジで!? ありがと」。原田の笑みがさらにさらにいっそう、深くなった。
レース前の様子は類似していたが、レース後はまるで対照的な様子となったのが、言うまでもなく白井英治だ。1号艇での敗戦はやはりキツい。準Vはまったく慰めにはならない。メダル授与式で、白井はおどけながら原田のボディにパンチを入れて笑いをとっていたが、そこにはいくばくかの本音が含まれていたはずだ。
長らく無冠の帝王と呼ばれていた白井の、SG優勝戦後の、あるいは予選トップ通過しながら準優で敗れた後の、せつない様子は何度も見てきた。14年メモリアルでついにタイトルを獲ったあとも、なかなかSGタイトルには恵まれず、優勝戦後に険しい表情を浮かべていたのも何度も見てきた。しかし、今日のように脱力しきったかのような様子を見たのは初めてのような気がする。ヘルメットの水滴を拭っているときの白井は、一見すればその作業をしている姿であるのは当たり前だが、僕にはただ立ち尽くしているようにしか見えなかった。手は動いていても、呆然としている姿としか僕の目には映らなかったのだ。戦前に緊張しているからといって、それが結果に直結するわけではない。負けることもあれば、勝つこともある。戦前に余裕の振る舞いを見せていたといっても、やはりそれが結果に直結するわけではない。むしろ、メンタル的にはほぼ不安がないように見えていただけに、結果を出せなかったのはなおしんどいかもしれない。今日の白井英治からは、そんなことを思ったのだった。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)
石野貴之もレース前には力強い表情を見せていました。レース後は苦笑いが多かったなあ。残念!