BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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優勝戦 私的回顧

ありえない差し

12R優勝戦
①菊地孝平(静岡) 08
②馬場貴也(滋賀)  11
③田村隆信(徳島)  13
④山口 剛(広島)  16
⑤濱野谷憲吾(東京)16
⑥上平真二(広島)  19

 6艇がスリットラインを通過した瞬間、菊地の勝利を確信した。ぴったり舳先が揃い、しかも先頭の菊地から上平まで斜め一直線に傾いている。簡単に言うと「⑥は⑤をすぐに攻められず、⑤は④をすぐに攻められず、④は③を……」で菊地以外はすべてしばらく金縛りになる隊形なのだ。

 ただ、この隊形でもひとりだけ大本命の菊地をジカに攻められる選手がいる。2コースの馬場貴也。このスピードスターの2コース差しがどんだけ早く速く鋭く凄いか、我々はすでに知っている。
 それでも、1マークに向かう艇団を見つめながら、「馬場の差しは届かない」と決めつけていた。まず、今節のとこなめ水面が2コース選手に激辛だったから。ここまで71戦2勝のみ。3日目に丸野一樹が明らかに足落ちした辻栄蔵を差しきり、4日目に機力が大幅アップした岡村慶太が田口節子を差しきった。それだけ。元よりこの場は「センターまくり水面」で2コース差しの難しい水面なのだが、さらに6日間を通じて大なり小なり吹き続けたホーム向かい風が、その傾向に拍車をかけていた。今日も、だ。

 もうひとつ、馬場が差せないと思った理由は、パートナーが26号機だったから。ここからしばらく脱線します。26号機は伸びフェチの私の大好物で、「出足はサッパリだけど、スリットからぐんぐん伸びーーる個性派エンジン」として戦前からイチ推しに据えていた。今節の舟券心中のパートナーにするつもりでもあった。

 ところが、この変態っぽい伸び型モーターを馬場貴也が引き当てたと知った瞬間、私はちょいと顔をしかめた。あまりにも旋回力が凄まじい馬場は、その旋回に見合うだけの出足・回り足を必要とするから。
 完全なミスマッチ。
 そう思った。馬場クンと26号機は水と油ほど合わない、と。だからモーター前検の記事でも、馬場26号機の伸び足を讃えつつ、お茶を濁したような文言を書いている。抜粋しておこう。
――乗り手は伸びより出足系統を駆使して天下一品の差しハンドルをブッ込むタイプだけに、あるいはミスマッチになる可能性も否めないところ。馬場26号機がどんな風にシンクロしていくか、まずは興味深く見守りたい(26号機との舟券心中はとりあえず見送ります)。
 馬鹿正直に書くと、こうしてお茶を濁しながら、私は前検日から馬場×26号機のマッチアップに失望していたのだ。

 翌日から、私はしっかりと馬場26号機の足色をチェックし続けた。で、必ずや「馬場君らしく手前に寄せて、自慢の伸び足が激落ちする」と思ったものだが、なぜか私の好きなストレート足はトップ級のまま。そこに弱いはずの出足系統が、日々ちょっとずつちょっとずつ上積みされていった。なんだか妙な思考回路だが、「馬場クン、伸びを殺さないでくれてありがとう」などと思ったりもした(笑)。
 準優でも馬場26号機はしっかり伸びていた。ただ、授けられた枠は2号艇。ここで私はまた馬場26号機を疑ってしまう。
 26号機は、今節の2コース向きの足じゃない。
 と。いくら馬場クンのターンが艇界一速いとしても、今節のとこなめ水面&26号機の回り足では2コース差しを実現できない。2コースから1着があるとすれば、たとえば4カドの山口が絞めまくりで菊地と競りになった場合のみ。などと勝手に考えていた。

 能書きがやたら長くなったが、1マークの手前に戻る。だから私は、馬場26号機の差しは届かない、と決めつけながら艇団を見ていた。つまりは、菊地のイン逃げ圧勝と思い込んで。
 菊地が1マークを先取りする。やや握りすぎだったかも知れないが、十分に逃げて不思議のないターンに見えた。その内から、スッと差した馬場が見える。それ、届かないよ。私は心の中でつぶやく。つぶやいている間に、それは起きた。馬場の舳先がすんっと高く持ち上がり、菊地の内に舳先を突っ込み、接触し、また舳先を持ち上げた馬場だけが力強く前に突き進んだ。

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 私は言葉を失って茫然と見守る。初動からわずか3秒ほどの差しきり。ありえない。スピードスターをもってしても、ありえない光景なのだ。26号機はこんな神業ができるエンジンじゃないのだ。

 菊地を内から追い抜いた馬場は、そこから26号機らしい快速でさらに彼我の差を広げた。ひとり旅になった馬場は、例によってすべてのターン、すべての直線を全速力で駆け抜けている。十八番の豪快なウイリーとともに。

 やっぱこの男、規格外すぎる。
 敗れた菊地はさぞや悔しかったと思うが、今日の私に言えるのは「相手がヤバすぎた」くらいか。これを聞いても、ちっとも癒されないないだろうけど。
「馬場ぁぁ、愛してるぞーー、愛してるぞーー、愛してるぞーー!!」
 最終ターンマークを回った勝者に、スタンドの誰かが熱烈なラブコールを贈る。
「愛してる、愛してる、愛してる、愛してるぞ――!!!!」
 そのコールはウイニングランでさらに激しくなり、周辺の人々はドッと笑いながらレスキューの馬場に拍手を送っている。

 どの一流選手にも熱烈なファンは存在するが、馬場貴也を愛するファンはちょいと特別なのかも。
 私も微笑みながら、そんなことを思った。この熱狂的なファンは、馬場の2コース差しを信じて疑わなかったはず。そして、実際にその光景を目の当たりにした。私がありえないと決めつけていた光景を。
 そりゃ、愛したくなるわ。何回でも叫びたくなるわ。
 とこなめのでっかくて眩しい夕日が、レスキューの馬場クンとぴったり重なった。

(photos/シギー中尾、text/畠山)