BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――緊張を乗り越えて

 展示から戻ってきて、おおよそ発走の15分ほど前のことだろうか。レース前のルーティン=待機室前でのストレッチをしている馬場貴也の姿を見て、僕はちょっとばかり違和感を覚えていた。かなりカタくなっていないか? 優勝戦1号艇は、オーシャンカップと同じ。緊張するのは当たり前だけど、その緊張感が児島よりずっと強いように見えたのだ。その児島では敗れたとはいえ、これが初めての経験ではない。いや、SG初優勝を果たした18年チャレンジカップだって1号艇だった。あれからの経験値は比べ物にならないほどだというのに、特にオーシャンと比べれば今日のほうがずっとカタくなっているように見えて仕方なかったのだ。

 表彰式で、馬場は朝から胃が痛かった、と語っている。会見で明かしたところによれば、「児島のこともありましたし」とのこと。僕は、児島のことがあったから、もう二の舞を演じることがないのだと思っていたが、やはり悪い記憶は大事なところでよぎったりするもの、ということだろうか。また同じことが……そんなイメージが浮かんでしまうのは、なるほど、わかるような気がする。

 また、仕上がりにも不安はあったようだ。朝に乗ったときには乗りやすさがあったそうだが、試運転を重ねるにつれてズレていくのがわかったという。実際、レースでも回転は合っていなかったそうだ。それはさらに、児島での痛恨を思い出させたかもしれない。仕上がりは問題なかったのに、勝てなかったのだ。不安があれば、なおさらネガティブな想像が大きくなる。正直、このことについては実に不運だったな、と思う。後半の時間帯になって、福岡ボートは突如として雨に見舞われた。10R、11Rあたりでは土砂降りとなっていて、インが飛んで大荒れになった両特別選抜戦はその影響もあっただろう。この雨で、気温はぐぐっと下がり、湿度が上がった。そして、発走10分前には雨がピタリとあがり、薄日が射す瞬間もあった。調整ができるのは、11R発売中までで、早々に展示ピットにボートを移動するのであれば、実質10R発売中で調整を終えなければならない。そのときと気候が変わった12R、ピタリと調整が合うか合わないかは、ほとんどイチかバチかの世界だ。これは馬場に限らず、優勝戦組に共通することである。

 そんな「メンタルはやばかった」という状況のなか、それでも馬場は逃げた! 桑原悠の差しに迫られ、舳先もわずかに掛かってはいたが、それ以上は先に出さないと意地を見せ、2マークを先に回った。エース機桑原はそれでもまだ追いすがるが、こうなれば逆転を許す馬場ではない。回転が合っていなかったから「とにかく艇が暴れないようにと、3周2マークまで気が抜けなかった」とはいうものの、しっかり先頭を守って、児島のリベンジに成功!

 出迎えたのは遠藤エミ、丸野一樹の滋賀勢に、同期の長田頼宗。彼らに対して、ボートの上から馬場は、胸に手を当ててホッと息をついて見せている。よかった。なんとか逃げられた。危なかった~。そんなアクションだろうか。とにかく、ガッツポーズをしてみせたり、歓喜の様子をあらわにするようなことはなかった。係留所に上がって、勝利者インタビューを受けたあとも同様だ。長田は嬉しそうに抱き着いたりしていたが、馬場は胸なのか胃のあたりなのかを押さえて、よろめくようにピットへと上がっている。「胃が痛かった」という言葉を聞いた今となっては、押さえていたのはまさにお腹であって、優勝して安堵したと同時に、忘れていた胃の痛みがよみがえったのかもしれない。

 ドリーム戦1号艇で逃げ切り、2コースと3コースではツケマイで勝ち、4日目に着を落として予選3位だったけれども、準優はしっかり逃げ切って、優勝戦も逃げた。そう思えば、馬場貴也の強さをきっちり表現してみせたボートレースメモリアル、ということになるかもしれない。しかし、実は馬場は精神的には苦労をして、しんどい思いをして、このタイトルを獲ったのである。決して簡単な優勝ではなかった。必死の思いで掴み取った4つめのSGタイトル、だ。

 だからこそ、この精神状態の中でタイトルを勝ち取った経験は、間違いなく馬場貴也をさらに大きな存在にさせることだろう。今節を振り返ってみれば、やっぱり馬場は強いなあ、という感想はやっぱり抱くのだけれど、そこにとどまらない強さを馬場は手にした。今後、馬場が魅せてくれる航跡は、さらに鮮烈で強烈なものになっていく。もっともっと強い馬場貴也を、僕らはこれから追いかけることになるのだ。それは紛れもなく幸せなことである。馬場の走りで、ボートレースはもっと幸福感をまとっていく。

 それにしても、桑原悠は惜しかった! 西山貴浩が、桑原と同期の山田康二に「あそこは引かなくてもよかったのに……」と惜しそうに話しかけている。バックで舳先がかかった瞬間のことだろう。もちろん彼らも馬場の優勝を祝福している。ただ、ふたりとも桑原と同じ九州地区で、山田は同期だ。桑原に初のタイトルを、という応援の気持ちは強かっただろう。彼らに声をかけられて桑原は、軽く苦笑いを浮かべて応えていた。今夜はきっと、あのシーンを思い出して、あるいはリプレイを見て、引かなかったらどうなっていたのか、やっぱり引いたのが正解だったのか、自問自答することになるだろう。このことについても似たようなまとめになってしまって恐縮だが、この経験は桑原をさらに成長させること必至である。あと一歩で念願のタイトルに手が届いていた、という経験。次は、桑原がリベンジをする番だ。しばらくSGから遠ざかっていた桑原だが、これを奮起の材料として、もっともっとSGに顔を出してもらいたい。そして、馬場を相手にするとは限らないが、水神祭で今日のリベンジを果たすシーンをきっと見たい。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)