BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――熱さと切なさと

 いやはや、チャレンジカップはやはり濃い。熱い。時に、切ない。
 まずは11R。長嶋万記が3コースからのまくり差しで守屋美穂を捕らえて優勝。事象だけを言うなら、今年のレディースGⅡ独占! 女子のタイトルを獲れないことが七不思議的に扱われてきた長嶋だが、2月にひとつ獲ったらもう一丁、タイトルをモノにしてしまった。実力は文句なしの女子トップクラスなのだから、まあそんなものだろう。
 8R後は多くの仲間に祝福されていた菊地孝平が、今度は祝福する側だ。同支部のかわいい後輩の優勝に、一気にテンション上がる菊地孝平。微笑みながらあがってきた長嶋に対して、菊地は非常に力強い笑顔。なんだか菊地のほうが喜んでいるようにさえ見えたりもした。
 もちろん長嶋も嬉しい優勝であるのは間違いないが、ここが最終目標ではありえない。レース後、ピットで囲みの記者会見が行なわれていて、出遅れた僕は長嶋の声がよく聞き取れなかったのだけれど、ダービーに出させてもらって、とか、記念を戦ってみて、という言葉が小さく耳に届いてきた。そして、表彰式ではそのあたりに触れたとき、自分は通用しなかったと涙を流した。長嶋がどこを見ていて、そのなかで自分の立ち位置を思い知り、どんな思いを抱いてきたかが如実にあらわれた瞬間である。2月のレディースオールスターと違って今日は、たとえば菊地先輩の前で優勝してみせた。菊地先輩が祝福してくれた。それはまた大きな意味を持つものではなかったかと思う。

 そうは言っても、優勝はやっぱりめでたいのであって、男子も女子も、次々に長嶋に祝福の言葉を投げかけていくと、長嶋は満面の笑顔になっていった。平山智加が「マネージャーです」とかおどけながら、ヘルメットを受け取ったり、撮影タイムのときに髪形を直したりしているときなど、実に楽し気に長嶋は笑っていた。そう、こうした勝利をひとつひとつ積み上げていって、そのたびに笑うことがさらなる進歩につながる。なにより、このGⅡ優勝はオーシャンカップのポイントになるのだ。クイーンズクライマックス次第では来年夏の大村行きがぐぐっと近づくことだろう。

 祝福の声をかけた一人に、藤原菜希がいた。優勝しなければ地元のクイーンズクライマックスに駒を進めなかった藤原だが、その希望は1マークの時点で潰えたと言っていい。レース後の藤原はやはり表情がカタく、単なる敗者以上のものを感じさせた。本気で狙ったからこそ、悔しさはより大きくなる。それを覚悟しての勝負に臨んだことは、そして年末に出られなかった大舞台の戦いを地元で目の当たりにすることは、藤原をさらに進化させるだろう。

 さらに、1号艇で敗れた守屋美穂もまた、モーター返納作業を終え、囲み会見の最中にその脇を通り過ぎるとき、長嶋に祝福の声を送っている。最も悔しいのは間違いなく守屋である。それでも、戦った相手に、自分を負かした相手に敬意を込めて、おめでとうというのは自然なことである。
 その数十秒ご、寺田千恵の「大丈夫だって! 大丈夫!」という声が聞こえてきた。寺田が守屋の頭に手を当てて、何度も撫でていたのだ。背後から見ていたので断言はしないが、おそらく守屋は悔し涙を流した。それを見て寺田先輩は気遣いの言葉をかけた。きっとそうだったのだと思う。ピットに戻ってきた直後も、モーター返納の間も、悔しそうに顔をしかめる瞬間こそあったが、淡々と作業をしているように見えた。しかし、内心には激しい悔恨が渦巻いていたのだろう。それが敬愛する大先輩の顔を見た瞬間、溢れ出た。守屋もまた、見据える場所ははるか高みにある。それでも、あるいはだからこそ、1号艇でビッグを獲れなかったことは大きな大きな屈辱なのだ。年末の多摩川で、この涙を歓喜の涙に換えられるのか。多摩川水面には落とし物もあるだけに、大きな注目ポイントになるだろう。

 12Rだ。片岡雅裕が逃げ切って2度目のSG制覇。前回は6号艇での優勝であり、しかもFが出たレースでもあったが、今回は1号艇で堂々の逃げ切り。その前回は表彰式で涙ぐむところもあったが、今日は笑顔笑顔! プレッシャーもあったとは思うが、まったく溺れることなく、しっかりと勝利を手にした。ちなみに、レース後に森高一真先輩と話ができましたが、めっちゃ興奮してましたよ、マーくん!

 もしかしたら片岡も興奮していたかも。あまり大きなアクションをしない人なので、ただ笑顔が目立ったという雰囲気なのだが、レスキューでウィニングランに向かう際、同期の守屋美穂が何度も何度も何度も「まさくん、おめでとう!」と叫んでいるのに、まるで気づかず(笑)。守屋も「まったく聞こえてない」と笑ってました。このウィニングランは長嶋も一緒に行なっているのだが、守屋も同期同士でレスキューに乗りたかっただろうなあと思うと、これがまた少し切なく思えたりして。

 6艇がゴールした瞬間にはこんなこともあった。喫煙室でレースを見ていた磯部誠が「やりました!」と声をあげて、装着場にいた平本真之と喜び合ったのだ。そう、磯部は賞金ランク6位以内に入れるかどうかが優勝戦の結果次第となっていて、6艇がゴールして結果が判明したことで、磯部の6位以内もまた決定したのだった(5位)。水面だけでなく、陸の上にも結果をやきもきしながら見ていた人がいる。それがチャレンジカップである。

 そうそう、それを言うなら、吉田拡郎もだ。18位以内に残るにはなかなか厳しい条件で、一縷の望みを託しつつの観戦だったと思うのだが、片岡が逃げて、今垣光太郎が完走したことによって19位が確定してしまった。覚悟していた部分もあったのだろう、淡々と茅原悠紀のモーター返納をヘルプしていた吉田。さらには、ウィニングランに向かった片岡のヘルメットを控室に運んだりもしていた。片岡が3着以下だったら吉田が18位に残っていたのに、その片岡のヘルプもしていたのだから、やっぱりちょっと切なく見えてしまった。

 そうした悲喜こもごものなかで、最も切なかったのはやはり今垣光太郎ということになる。4カドからの一撃を狙っていたに違いないのだが、まさかのピット離れ後手。4コースは取り返したのだが、スローになってしまっては今垣の攻撃力も減退してしまう。ピットに戻るボートの上からすでにうなだれ気味だった今垣は、陸に上がってもはっきりそうとわかるほど肩を落としていた。8年前のオーシャンカップ準優で、写真判定にもなったほどの僅差3着で優出を逃したときよりも、ずっと落胆は深く見えた。あるいは、昨年の三国マスターズチャンピオン優勝戦1号艇で勝てなかった時よりも。なんだか三国ビッグでは今垣のつらそうな様子ばかりを見ているんだな……。モーター返納を終えて整備室を出たのは、敗者5人のなかで最後だった今垣。足取りにも力がなく、何度か首をひってもいた。今垣はこれでグランプリ行きを決めたのだが、おそらくそのことは頭になかったに違いない。それほどまでに、この三国SGに、優勝戦に懸けていたのだ。それだけに……。この沈んだ思いを一気に覆す日が来ることを祈るしかない……。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)