BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――すべてが最強ヒロイン

 朝から緊張していたそうだ。SG優勝戦1号艇の重圧を経験している遠藤エミである。レディースチャンピオンもすでに2回制して、最初の優勝が1号艇である。あのときは準パーフェクトだった。この状況にはもう慣れたものではないのか、と外野は思ったりもするわけだが、そういうものでもないらしい。「獲らなきゃいけないと思った」という、その感覚がまた、緊張感を呼ぶのであろう。完全に仕上がって、1号艇で、そして誰もが認める女子トップである。まあ、最後については本人がそう意識しているかどうかはともかくとしてだが、しかし視線が女子戦の枠を飛び越えているのは確かだろう。それが「獲らなきゃいけない」という思いを生み、それがまた緊張を生む。遠藤がこのポジションにい続ける限り、またレディースチャンピオン優勝戦1号艇となれば、同じように緊張するのかもしれない。

 その緊張としっかり向き合えたことは勝因のひとつと言っていいはずだ。そこから逃げずに苦しい一日を過ごした。そのなかで「もっと強くなりたい。もっと自分に自信を持ちたい」とも考えたそうだが、そうした葛藤についても会見で虚心坦懐に語ったように、しっかりと心に刻み付けた。きっと一日、遠藤はそんな自分と戦っていたのだ。

 8R発売中の頃にピットに入ってみると、遠藤は屋外のプロペラ調整所にいた。しかしよく見ると、遠藤の手にはプロペラがなかった。数人の選手と輪になって、談笑していたのだ。それは仲間たちが遠藤の緊張をほぐそうとしていた瞬間だったのかもしれない。いずれにしても、遠藤は結局、プロペラを叩かなかった。足は完璧だと確信していたから、それ以上の調整をしなかったのだ。それはおそらく、我慢の部類の心境だっただろうと思う。また、緊張していたのなら調整などの作業をしていたほうが気が紛れると思ったりもするのだが、にもかかわらず遠藤はハンマーを手にしなかったわけだ。ここにも、遠藤のなかでの戦いがあったか。

 そうした内心の戦いをクリアしてピットアウトしたのなら、死角はなかったということになる。展示タイムも、福岡のオリジナル展示もすべてトップ時計。仕上がりは数字も証明していた。藤原菜希がチルトを跳ねて伸び型にし(藤原も屋外調整所を居場所にしていたので、叩いていたのは気になっていたそうだ)、レースでものぞいたスタートから攻め込まんとしていたが、「特訓では自分がいちばん良さそうだったから」とまったく動じることなく自分のレースに徹した。どう考えても、死角はなかったのだ。

 ピットに凱旋した遠藤は、仲間たちの祝福に満面の笑みで応えた。ボートリフトに集まった選手たちは、支部も何も関係なく、つまりは同支部の選手が優勝戦に出ていたとしても、遠藤を拍手とバンザイで祝福していたのだ。係留所に駆け下りて最前線で出迎えたのは、やはり同支部の小野桜。同地区の落合直子。仲の良い今井美亜。同期の樋口由加里。もちろん最も歓喜していたのは彼女たちで、それに対しての笑顔はやはりトビキリだった。それにしても、なんだか誰もが嬉しそうだったなあ。そしてそんな仲間に対して遠藤も嬉しそうに応えた。レース後は安堵の思いが強かったようだが、レースを見守った仲間たちの笑顔がおおいに癒やしになったのだと思う。

 今節のキャッチフレーズは「最強ヒロインになれますように」。今日の遠藤エミは、掛け値なしの最強ヒロインだった! 技量もメンタルも機力も、すべてが最強。大きな緊張から解放されて、今日は美酒に酔いしれてください!

 敗れた選手は一様にカタい表情で引き上げてきた。福岡水面は譲れない、その思いで戦った渡邉優美も当然。川野芽唯に労われて笑顔も見せはしたが、ふとしたときに眉間にシワが寄ることもあって、おそらくその悔しさは少なくとも今夜は残ることだろう。

 一発を狙って伸びを追求した藤原菜希も、ややサバサバしたところもあったのだが、モーター返納を終え、同期の松尾夏海に声を掛けられると、露骨に悔しい表情を見せてもいた。心安い仲間の顔を見て、本音がふいに表情にあらわれたか。

 その藤原に攻めさせず、最終的に3着に粘った櫻本あゆみも、その櫻本を猛追した細川裕子も、見せ場は作れなかったが確実にこの優勝戦に力強い彩りを加えた浜田亜理沙も、みなこの猛暑のなかで全力を尽くしたと思う。それでも遠藤に及ばなかったことは無念に違いないが、いずれも賞金ランク12位圏内か、圏内を目前とする位置にはつけることになるのだ。リベンジは年末だ!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)