ピットから選手の姿が消え始めた
11R直前。10R後に帰宿バスの1便が出ているので、
選手の数自体が少なくなっている時間帯だ。
装着場では重野哲之がボート磨き。愛情をこめて、
ピカピカに磨き上げる。
重野が装着場の隅に置かれていた油さしを取りに行く姿が
目に入った。モーターに油をさすのはわかるが、ボートに?
見ると重野は、ハンドルとモーターをつなぐワイヤーに油をさして、
丁寧に磨いている様子。こんな作業をしている選手を初めて見た。
「海水の場なら塩だったり、
あるいは水面に落ちているものだったりが付着すると、
ハンドルのかかりなどに微妙に影響するんですよ。
それに借りてるものですから、メンテナンスはちゃんとしないと」
美は細部に宿るというが、選手のこだわりも
実に細かな部分にまで及ぶのだ。
選手によってこだわる部分に違いはあれど、
このクラスになればそれは変わらない。
「借りてるものだから、かえって大事にしなければならない」という
実直な姿勢もまた、重野らしくはある。
ただ、重野は「時間があるのでやってる」とも言う。
時間があるということは、もちろんモーターやプロペラに手をつける
必要がその時点ではなくなったということだ。
優先事項は、もちろんそちらなのだ。
ようするに、「足は申し分ないですね」ということになる。
ボートもきっちりメンテをして、不安点はさらに少なくなった。
今日見せたような重野らしいまくりが
明日からも見られるかもしれないぞ。
その重野に3Rでまくられた市川哲也は、
今日、いちばん最後まで試運転を続けた選手となった。
昨日は烏野賢太、今日は市川哲也。ベテランとは
なんとなく言いたくないが(市川とは同い年っす)、
40代半ばを迎える選手たちが、この暑い中でとことん調整を続ける。実を結んでほしいと、同世代の情かもしれないが、心から思う。
市川によると、ストレートはいいが
ターン回りがもう少し、なのだという。
そこを求めて、レース後に大幅にペラを叩いたのだが、これが失敗。
まずは元の感じに戻そうと、今日は遅くまで作業を続けたようだ。
ただ、その作業が市川に満足をもたらしたわけではなさそうだ。
レースはできるけど、レバー操作を少しでも間違うとどうか……
と市川は掌を握ったり開いたりしながら、説明してくれたのだった。
「そんなことより、今日はスタート遅れましたからね(苦笑)。
エンジンどうこうじゃないんじゃけど」 スタート力を代名詞とする
市川にとっては、悔しいレースだったに違いない。
それもまた、市川にとことん作業を続けさせる
バネになったのかもしれない。
それにしても……市川哲也、それが苦笑であっても、
同い年とはとても思えない爽やかさですな。
重野にしても市川にしても、
その努力が結果に直結するとは限らないのが勝負の世界。
誰もがみな頑張るのだから、
結果を分け合うわけにはいかない勝負師たちは、
時に徒労感を味わうこともあるだろう。
だが、続けていけばいつかは結果を導き出すこともあると
示してみせたのが、今日水神祭を果たした中村亮太だ。
1マークでは平石和男の差しが入っており、バックは併走状態だった。先に回ろうとする平石に対して、亮太は迷わず握った。
このツケマイが平石をとらえたわけだが、
長嶺豊さんらピットにいた元選手の解説者の方たちはそろって、
亮太の判断とその結果に感服していた。
というのも、ホームでは強めの向かい風が吹いており、
ということはバックは強めの追い風。
この条件であれだけスピードをもって握り攻めをすることが
すごいというのだ。たしかに大きく流れやすいし、
だからこそ落として差したいのが人情。
「最近、大村で若い後輩たちとよく練習をするんですけど、
2マークを全速で回るようにしているんですよ。
スピード感あるターンができるように、
まさに今日みたいなターンをしているんですよね」
大村といえば、対岸から強い横風が吹きこむことが多いため、
2マークが非常に難しいとされている。
全速で回ろうとするとその横風に押されて大きく流れやすいのだ。
そんな水面で、亮太は後輩とともに全速ターンをし続けた。
今日の尼崎の水面はそれに比べれば、ということだろう。
すぐに結果には結びつかなくとも、いつかは喜びをもたらしてくれる。
SGの舞台でそれを果たした亮太の顔が、
キラキラ輝いていたのは当然なのだ。
さてさて、後半ピットにもさまざまな明暗があった。
9Rを豪快にツケマイで制した今井貴士は、多くの人たちに讃えられていて、照れたような笑顔を向けている。僕もすれ違いざまに拍手をパチパチと向けると、立ち止まって丁寧に頭を下げてきた。本当に腰が低く、謙虚なのだ。
一方で、いったんは3着を走りながらも瓜生正義に逆転されてしまった佐々木康幸は、溜め息。敗戦後には全身で悔しさをあらわにする佐々木らしいシーンだったわけだが、今日はむしろ脱力感のほうを強く感じるような様子で、痛々しさもそこからは感じられた。
敗者がみな同じような様子を見せるというわけではなく、10Rの井口佳典は敗戦後も足取りに力を感じた。
接戦した太田和美とレースについて会話を交わすその声も、
弾んでいるとは言わないが、落胆を感じさせるものではない。
結果について悔しいのは当然。
それでも、パワーには好感触を得たのではないかと思わせる、
そんな様子だった。
そして、もっとも落胆がわかりやすかったのは、峰竜太だ。ひとつ左隣の石野貴之がスタートを決めてまくり、
峰には絶好の展開かと思われたが、
石野の好旋回に差し場を封じられた。結果、6着。
機力に手応えを感じながらの大敗の連続は、
峰の顔から精気をがっさりと奪ってしまったようだった。
まあ、こうした悔しさを隠し切れないのは峰竜太らしさであり、
そこから巻き返していくのが彼の真骨頂であろう。
ひとつ気になったとするなら、苦笑や悔し紛れの笑みや、
そういったものがほとんど見られなかったこと。
とことん落胆してしまっているのか、
それとも悔恨を噛み締める強さを身に着けたのか、
どちらかは判然としなかったが、いずれにしても
これまで見てきた峰竜太の敗戦後とは違う様子と見受けられた。
なんとなく後者のような気がするのだが、果たして。
さてさてさて。
山崎智也が帰郷となってしまったのは前半ピット記事でもお伝えした。午後、智也がプロペラゲージを片付けている姿を発見。
他の選手たちが整備や試運転など、前向きの作業をしているなか、
一人後片付けという後ろ向きの仕事をしているのは、
やはり不本意であろう。背中がとっても寂しく見えた。
傷を癒して、次なる戦いでいいレースを見せてほしい。
また、大嶋一也も手首の打撲により途中帰郷となってしまった。
レースをエキサイティングにしてくれる千両役者が消えることは
実に残念。西島義則が同期の無念を晴らすべく
大暴れしてくれるかも!?
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)