BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――SGクラスの“実力”

 

 

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 ゲージ擦り、という作業がある。プロペラの形状の“設計図”ともいわれる半透明のプラスチック製品がプロペラゲージで、それをヤスリでプロペラの翼の形にあわせてゴシゴシと削るわけだ。「早い段階でゲージ擦りをやっている選手は、エンジン出てるの法則」というのを何度かここで書いてきたが、すなわち、それがモーターのパワーアップに関係する作業ではないうえで、「出ているエンジンのプロペラの形を、ゲージを作って残しておく」という意味があると考えられるからである。もちろん一概に言えることではないし、別の意味がある場合もあるだろう。ただ、たしかに気配のいい選手が初日あたりにゲージ擦りに勤しんでいる様子は何度か見かけたものだ。

 9R発売中あたりだろうか、ゲージ擦りのテーブルでゴシゴシしていたのが、川﨑智幸、田村隆信、石渡鉄兵。おっと、この3人はエンジン出ているのか!? 田村がそこに加わっているのが頼もしい。

 

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 しかし、よくよく見ると、彼らはゲージを擦っているわけではなかった。擦っているのは、プロペラである。つまりプロペラをゴシゴシゴシと磨くような動きを見せていたのだ。プロペラを磨くという作業は、別に珍しいというわけではない。特に持ちペラ制の頃によく見かけたし、窓ふきに使うような洗剤(?)が置かれているのも見たことがある。しかし、新プロペラ制度になってからはあまり見た記憶がなく、しかもかなり力を入れて磨いていることから、「もしかしてこれは新たなプロペラ調整法か?」とまで思えたものだ。プロペラを力いっぱい磨くことで、エンジンのパワーをより引き出せるということを誰かが発見し、それが選手の間で流行しつつあるのか!? いち早く見つけたのは川﨑、田村、石渡だった!? そんなふうに彼らを眺めていたのである。

 

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 ……ぜんぜん違った。川﨑曰く、プロペラが汚れていた、というのである。おそらく水質によるものだろうということだが、非常に細かいけれども、塵のようなものがプロペラにこびりついていて、それが摩擦係数を上げてしまうというのだ。一般戦組はなかなかそこまで気づかないようで、そのまま焼きを入れたりすると、汚れが焼きついてしまうようだ。というわけで、それをこそぎ落とす必要があるわけで、川﨑たちはその作業をしていたというわけである。

 ここで大事なのは、「SGクラスはそこまでこだわりをもって、できうることはとことんやり尽くして勝負に臨む」ということだ。逆に言うと、そこまでやらないと、あるいはそこまで神経を配らないと、SGクラスに上り詰めるのは難しいということである。強い選手とは、もちろん技量に優れている選手、エンジンを出せる選手、スタートの思い切りがいい選手、など要素はさまざまなあるわけだが、「徹底的にやれることをやり尽くす」「普通なら見過ごすようなところにも目を配り、手を尽くす」ということも含まれるようだ。もう一丁言うなら、そこまでしてまで負けたくない、究極の負けず嫌い、ということにもなるか。SGのレベルの高さは尋常ではないのである。

 

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手が固まって、仲間を出迎える準備をしていた。そのやや後ろで、あまり見かけない組み合わせを見た。赤岩善生と深川真二だ。男系のキャラというのは共通しているが、支部も地区ももちろん違うし、世代も違う。これまでにもあまり見かけた記憶のない絡みである。

 中身は聞こえてこないが、赤岩が話しかけると深川が身振り手振りで応じる、という感じで会話が進行しているようだった。手をボートに見立てて曲線を描いたり(つまり旋回の手振りだ)、そのスピードが最初と次では少し違っていたり。レースの回顧か、それともまったく別の話か。

 

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 正解は……と、これは両者に話を聞けたわけではないので、本当は推測だが……赤岩が深川に59号機のことを質問していた、である。そう、赤岩が引いた59号機の前操者は深川なのだ。ピットでは、赤岩の気配の良さを口にする選手が何人かいた。8R、スタート展示ではたしかに出ていく気配があった。本番でも、だ。しかしまさかの6着大敗。この結果を受けて、赤岩はさらなる調整を考えたことだろう。そこで、このモーターに乗り、調整もした深川に、前節のことを尋ねたのだろう。それに対して、深川は身振り手振りで説明した。そうしたシーン(のはず)である。

 

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 赤岩といえば整備巧者で知られた男。しかしそのプライドにしがみつくことなく、話を聞ける人がそこにいるなら頭を下げる。意見を聞く。それも含めて整備であり、それがとことん整備をやり尽くすということなのだ。もちろん、深川もそれを跳ねつけない。水面に出れば全力で潰し合うとしても、陸の上では手の内を隠すようなことはしないのだ。

 

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 その二人の態度もまた、上っていけるかどうかを分かつ要素かもしれない。数年前のとある周年、井口佳典が同支部の後輩・岡祐臣の試運転を熱心に見つめていた。グループは違っても気になる存在なんですね、と尋ねたら、「今日(たしか5日目)やっと、あいつ僕にペラのこと聞きに来たんですよ。それでアドバイスしてあげて、どう変わったか見ていたんですよね。ほんと、もっと早く聞きに来いっつーんだよ、あいつ。遅いんですよ、ほんとにもう」。こちらからアドバイスを押し売りするようなことはしない。でも聞きに来たら、同じ支部なのだし、親身になって教えを授ける。すなわち、待っていても先輩は教えになど来てくれないし、しかし教えを請いに行けばそこに金言はあるのである。深川も前操者だからといって赤岩に教えにはいかない。赤岩が初日から早くも意見を求めに行って、そこで会話が成立する。強くなるためのメンタリティがたしかにあるのだ。

 で、その井口は、今日は一人でひたすらペラと向き合っているのだった。もちろん、とことん一人で追及するのも強者の姿。それが彼らにとっての基本である。赤岩だって、整備室で一人黙々と整備をしているのが普段の姿だ。井口は今日はとことんペラに取り組んだ。今後悩みが生じたりしてくれば、銀河系の盟友に話しかけることもあるだろうけど。今日は3着2本。明日は1号艇だ!(PHOTO/中尾茂幸 黒須田 TEXT/黒須田)