9Rの松井繁はお見事だった。前付け3コースからスタートをぎりぎりまで踏み込み、まくり差しで1着。あざやかに勝負駆けをクリアしている。これは王者も会心のレースだったのだろう。勝利者インタビューから戻ってTシャツ姿でピットにあらわれたときには、もうニッコニコだったのだ。対戦した江口晃生とも楽しそうに語り合い、その後は馴染みの記者さんと話していた田中信一郎のもとに歩み寄って、またニコニコ。やはりここ一番の王者は強い!
王者が笑顔になっているなか、報道陣は神妙な顔になっていった。このあたりから、得点率6・00で予選を終えた選手が続出したのだ。しかも、その6・00から上位着順の差で予選落ちとなるかもしれない状況にもなっていた。そのうえ、得点率6・00で終わる可能性のある選手が終盤レースにはずらりと並んでいた。レースの結果次第でいったいボーダーがどこになるのか、誰もが手探り状態だったのだ。
そうしたなかで、1着なしの6・00だった井口佳典が、帰宿バスの1便で帰ってしまった。いや、帰ってもいいのだが、困ったのは準優展望のインタビューを収録するJLCのスタッフの皆さんで、井口はまだ収録を終えていなかったのだ。ちなみに、井口が乗る前にバスは動き出し、それを走って追いかける井口、というシーンもありました(笑)。
11R終了後に2便バスが出発し、それから10数分後。ピットに戻ってきたバスには井口の姿が! 収録をしていないことを気にした井口が、申し出てピットに戻る許可を受け、舞い戻ってきたのだ。恐縮するスタッフの皆さんに、「ぜんぜん、ぜんぜん!」と気遣った井口。うーん、明日は俄然、応援したくなってきたぞ。
11Rは茅原悠紀が逃げて1着。見事に勝負駆けに成功した。ちなみに、得点率は6・00。また増えた(笑)。1着アリの6・00だから、その時点で予選落ちの可能性はほぼなかったが。茅原は歓喜をあらわすというよりは、ホッとしたような表情だった。勝負駆けでなくとも、1号艇は負けられないと考えるもの。勝って予選突破となれば、まずは肩の荷が下りたという気分になるものだろう。グランプリ制覇の思い出の地で、ひとまず首の皮はつながった。
12Rは大波乱であった。まくった篠崎仁志にイン石野貴之が抵抗し大競りになり、内にズブズブと差しが入った。結果、魚谷智之がバック最内から2マーク捌いて先頭に。2連単マンシュウの大穴となった。勝った魚谷は無事故完走で当確という状況だったからか、わりと淡々とした表情。ただし、この1着は魚谷を予選3位に押し上げる、つまり準優1号艇をもたらすものだったから、その部分での満足感は大きかったはずだ。淡々としつつも、充実した表情であった。
1着勝負駆けだった石野は、なんとか3着に食い込んだものの予選落ち(しかも不良航法がとられてしまった)。状況を考えれば、まくりに飛びつくのは自然なことだから、これは致し方のない結果である。ピットに上がり、石野はボートを降りると、すぐにヘルメットを取って仁志のもとへと走っている。仁志は右手を上げて、わだかまりなどないことを表明している。3着勝負だった仁志としても痛い大敗だったが、その状況に理解はあるだろう。エンジン吊りを終えた石野の表情は、平静を装ってはいるものの、やはり沈痛。いや、顔をゆがめたりしないことが、さらに悔やむ胸の内を強く伝えているような気がした。
仁志ももちろん、とことん落胆していた。石野に対する禍根はなくても、敗れたことの悔恨はひたすらに強い。ノルマをクリアできなかった自分への怒りのような表情も見えたような気がした。今節の仁志は、とにかく苦しんだと思う。モーターは噴いていた。それでもなかなか出ない結果や周囲の視線など、悩ましいことが多くあっただろう。そしてついには予選突破もかなわなかった。これが仁志にどんな蓄積をし、どうバネにしていくのか、今後を注目したい。兄の元志は「僕らって、けっこう泥臭いんですよ」とかつて言っていた。イケメン兄弟でスマートに見えるかもしれないが、実際はたくさんの遠回りをし、苦しみ、それでもなんとか踏ん張って、栄光に辿り着くタイプなのだ、と。今、二人はまさにもろもろの苦労をしているところだろう。これを乗り越える仁志を、元志も、見たい!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)