BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット@クライマックス――完全優勝!

 

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 地上波中継でピット解説をさせていただいた。そのブースの横を、敗れた選手たちが次々と通り過ぎる。最初に通過したのは、顔をひきつらせた小野生奈だ。まさかのスタート遅れ、6着大敗。不完全燃焼にもほどがある、という敗れ方である。淡々と敗戦を受け入れられるはずがない。そのときには、敗れたことに対する悔恨しかなかっただろうが、守り続けた女子賞金トップの座を明け渡したこと、2017年女子レーサーの顔としての立場も譲ってしまったこと、などさらに悔しさを募らせることもある。時間が経って、モニターに映し出される表彰式を笑顔で見上げていたり、水神祭に参加してはしゃいだりもしていたが、小野の本音中の本音は、レース直後のあのひきつった表情だろう。

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 つづいて、ヘルメットをかぶったままの寺田千恵と海野ゆかりが通り過ぎた。今日の寺田のヘルメットの奥の目は、そこまで悔しさをたたえてはいなかった。一方、海野のほうは無表情で、そこに静かな怒りのようなものが見えた気がした。海野はモーターの潮抜きを終えた後も、まだ同じような表情だった。整備室に入って格納作業に取り掛かった頃には、仲間と言葉を交わしたりもしていたが、その間も顔をしかめたり眉間にしわを寄せたりといった表情は、少なくとも僕はついぞ見ることがなかった。

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 次に通り過ぎたのは平高奈菜。彼女も表情に変化はあまり見られなかった。ただ、モーター格納作業のときには、中村桃香と笑みを交わしたり、他の仲間とも言葉を交わしたりとやや穏やかなレース後だったと思う。敗れて時に激情を見せたこともある。しかし今日はそうした様子は見せていない。そこにはいろいろな意味があると思う。

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 最後に、長嶋万記が憮然とした表情で通り過ぎている。カポックを脱いだあとには、関係者にピットアウト後の接触について、やはり厳しい表情で告げている。それでステアリングバーが曲がって、操縦に支障が出た。完全燃焼のレースをすることができなかったことが、長嶋の顔を曇らせる。

 長嶋は、11R発売中に異常事態と思えるような動きを見せている。締切15分前のタイミングだった。係留所に向かった長嶋は、ボートを移動させ始めた。普通なら、展示ピットにボートを向けるタイミングである。ところが長嶋の向かった先はボートリフトだった。このタイミングで、ボートをいったん陸に上げたのだ。その様子に気づいた藤原菜希がリフトまで駆けつけているが、長嶋はボートをリフトからは下ろさなかった。リフトの上で、チルト角度を変えたのだ。駆けつけた検査員さんが「チルトをマイナスに戻した」ことを確認。作業を終えるとそのままリフトを下ろして水面に戻り、今度こそ展示ピットにボートを向けた。

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 はっきり言って、優勝戦の選手がこのタイミングでボートを陸に上げたのを見たことがない! だから異常事態かもと思ったのだ。それは長嶋が今日一日、調整と試運転を続けて、ギリギリまで考え続けてくだした判断だっただろう。展示の準備を終え、待機室に向かう長嶋の顔には巨大な闘魂が宿っていた。すさまじい気合だった。長嶋には、チルトを戻す判断に確信があっただろう。しかし、結果的にそれが英断だったかどうかを確認することさえできなかった。正解だったのか失敗だったのか、それをわからないままレースを終えなければならなかったのだ。

 静岡支部の仲間とともに、着替えてタクシーに乗り込もうとする長嶋は、そのときになってもまだ、憂鬱な表情を見せていた。その思いを振り払ったとき、長嶋はまたひとつ、強さを身にまとうだろう。

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 というわけで、遠藤エミ、おめでとう! 完全優勝は大偉業だ。枠番抽選で恵まれたという声もあるかもしれないが、今年の遠藤の歩みを考えれば、内枠を与えられたことはそのご褒美としか思えない。いや、それすら実力だったと言うべきか。SGとプレミアムGⅠ、あとバトルトーナメントとレディースオールスターに参戦した取材班が、今年最もピットで出会った回数が多かったのは、間違いなく遠藤エミだ。SGはクラシック以外すべてに参戦(レディースチャレンジカップも含む)、女子ビッグも皆勤賞で、さらにはヤングダービーにも出場した。ビッグに来れば、ピットで遠藤エミに会う、そんな1年だったのだ。優勝は極めて順当だったし、完全優勝もむべなるかな、である。

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 表彰式や会見で、レース本番のピットに向かう際に巨大な緊張感に襲われたことを遠藤は告白している。その瞬間の表情は見ることはできていないが、それ以前の、朝だったり、午後の早い時間帯だったり、レースが間近に迫った時間帯での遠藤は、実に泰然としていたものだった。優勝戦1号艇とか、完全優勝とか、勝てば賞金トップとか、ということは優秀女子選手として表彰を受けるとか、プレッシャーにつながるさまざまな要素に対して、遠藤が震えているとはこれっぽっちも思えなかったのだ。もはや遠藤に死角なし。それは確信にも近いものだった。

 そのレース直前の緊張感も、結果、遠藤は楽しめたという。バックで長嶋に舳先をかけられる場面はあったが、それも冷静に交わした。モーターの仕上がりも含めて、やはり遠藤は勝つべくして勝ったのだと思う。そう、完勝だ。

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 おそらくは仲間たちもそう信じて見守っていたはずだ。それでも、遠藤の完勝に仲間たちは感動し、今井美亜は号泣した。今井の号泣については、実は目撃はしていない。モニターに流れる表彰式で、遠藤は「みんなが泣いていたから、泣きそうになった」と言っている。その瞬間、香川素子が「みんな!?」と反応した。そして今井を指さし、「この人は号泣してたけど」と笑ったのだ。今節、遠藤と今井が並んでペラを叩く姿は、まるでそこに飾られた絵画であるかのように、四六時中も見かけたものだ。今井は遠藤の思いを強く感じていただろう。そりゃあ、号泣もするだろう。

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 それはいいんだけど、遠藤がティアラをかぶった瞬間に、全員で爆笑するってどういうことよ(笑)。誰かが「意外と似合ってるじゃん」と言ったらブーイングするのもどういうことなんだ(笑)。さらには管理解除になってスマホを受け取った選手たちは、モニターに映るティアラ遠藤を撮影しまくり。みなさん、完全優勝の女王に対して失礼です(笑)。

 いや、それほどまでに仲間は遠藤を愛し、遠藤の優勝を喜び、また誇りに思ったのだ。そこには、長崎支部で産休中の滝川真由子も駆けつけている。遠藤とは102期の同期生である。地元で同期が偉業を成し遂げんとしているとあって、祝福に訪れたのだろう。やはり同期の樋口由加里も嬉しそうに表彰式を見つめていた。そこには、遠藤の女王戴冠を我がことのように喜ぶ素敵すぎる仲間が集結していた。

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 そんな仲間たちがそのあとにすることといったら、もちろん水神祭です! 夕闇が迫るなか、同期、同支部、同地区(落合直子ら)、福岡勢、あと平高らが大挙参加する、賑やかな水神祭であった。そしてもう言うまでもないでしょう。みんな落ちた! いや、滝川や川野芽唯など陸で見守った仲間もいたが、いやあ、次から次へと落ちること落ちること。そして「寒い寒い」と大騒ぎすること! 大晦日の夕刻、歓喜の声が発祥地に響く。遠藤エミの優勝は、とてつもない幸せをこの年の瀬に運んできたのだ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)

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