BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――ファン投票1位の男よ

 

 着替えを終えてピットにあらわれた峰竜太が、見たこともないような表情になっていた。神妙といえば神妙。険しいといえば険しい。ただ明らかなのは、テンションが下がり切っているということだった。
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 10R、1周2マークで峰は3番手に浮上しているが、そこで新田雄史に接触し、そのあおりを食った篠崎仁志は最後方までに後退している。バック内寄りで市橋卓士と競るかたちになった峰は、のぞいた隊形だったため握って市橋を交わそうとしたのだが、これが流れてもろに新田にぶつかった。これが不良航法をとられることになった。昨日のの待機行動違反もあわせて、減点は14点にものぼっている。
 峰が暗い顔をしている理由はまずこれだろう。整備室へと向かう峰の足取りはあまりに重かった。これはもしかしたら……。

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 2番手を走っていた新田は5着まで順位を下げている。レース後はやはり憮然とした表情を見せていた。不良航法ということは、いわば反則であるから、それが原因の着下げには納得がいかないだろう。また、3連勝のあとの2着で、予選トップ争いでも優位に立てたはずが、今日を終えて暫定2位となってしまっている。もちろんトップの可能性はまだ十二分に残されてはいるわけだが、青写真が崩れたことに憤りもあるだろう。そんな新田の心中を察したか、師匠の井口佳典が新田の背中をぽんと軽く叩く姿があった。宿舎で新田が愚痴りたくなったとしたら、井口はきっと優しく聞いてくれるはずだ。

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 峰の後を追って整備室を覗くと、やはり……。整備用のテーブルに手をついて、凍り付いたように固まる峰がいた。1分ほどもそうしていて、ようやく静かに動き出した峰。右手で両目をぬぐう仕草を僕はたしかに見た。
「今日のはダメです。ひどい。迷惑をかけてしまって……」
 峰は、減点をとられたことというよりは、仲間を傷つけてしまうようなかたちになったことに落胆していた。そして、自分を強く責めていた。峰の、こんなにもか弱い声色を聞いたことがあったかどうか。SGの優勝戦で負けて号泣していたときなども、もっと声に力はあったように思う。
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 峰はそれからペラ小屋に向かった。その入口付近で、菊地孝平がストレッチをしていた。12R出走前の準備運動だろう……というのはその通りだし、同時に正確ではない。間違いなく、峰を待っていたのだと思う。菊地は峰の肩を抱き、耳元で言葉をかける。峰は菊地から少し離れて何度も腰を折った。その後も菊地は言葉を投げかけ、峰は時に手で目を押さえながら、やはり何度も頭を下げた。その会話の内容は知る由もないが、遠目からは菊地が何かを諭しつつも、峰の心を癒そうとしているようにしか見えなかった。

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 とにもかくにも、峰竜太はことほどさようにピュアな男である。言っておくが今日、僕は涙をもろに見たわけではない。そのうえで言っておくが、峰竜太が“泣き虫王子”となるのは、単に勝ったとか負けたとか、そういう事象に対してではない。峰は「他人の気持ち」に思いが至ったとき、それに対して涙を流すのだ。勝利の涙は、自分を応援してくれた人、支えてくれた人の気持ちに対して。敗戦の涙も、まあ同様だ。峰の心は、周囲の(あるいはファンの)人たちの思いに、敏感に反応する。涙うんぬん、ではなく。
 今日はそれが「迷惑をかけてしまった選手たち」に対して向けられ、ひたすら自責の念に駆られたのだろう。もし涙があったとするなら、迷惑をかけた選手たちへの申し訳なさのそれだ。峰の心を揺らすのは、常に他者の存在なのである。
 で、その他者にはもちろん、ファンも含まれる。今日の不良航法に対しては、バカヤローの人も、3着になってくれたおかげで舟券当たったありがとうの人も、レースなのだからこういうこともあると考える人も、まあいろいろいるだろう。ただひとつ、14点減点を食らってもまだ、峰は優勝戦線に残ったのだ。明日は応援する人もそうでない人も含めて、彼のレースを見る(舟券を買う)ファンに対して、気持ちを切り替えて臨まねばならない。明日は減点を帳消しにする、ではなく、今日抱いた思いを帳消しにするレースを見せてほしい。(PHOTO/中尾茂幸 黒須田 TEXT/黒須田)