BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――石野圧勝!

 締切1分前、6人がボートに乗り込むためピットに姿をあらわした瞬間。締め切られた瞬間。ビジョンに確定票数が映し出された瞬間。合図が出て、選手たちがモーターを始動する様子が遠目にも見えた瞬間。そして、ピットアウトした瞬間!
 鳥肌が立ちました。
 ピットにも流れ込んでくるスタンドの大歓声! 昨年は大村ではあったが、グランプリには入場制限が敷かれていた。一昨年の住之江も。その前の平和島も。しかし今年は違う。昼過ぎに住之江に到着したときに見たファンの大行列。真っすぐに歩けないほどのスタンドの様子。そのときから感動していた。それが、あのピットにも轟いたファンの皆さんの狂喜の声を聞いて、少し泣きそうになりました。我々は厳しい時期を乗り越えた。グランプリらしいどよめきが戻ってきた。それは応援する選手の名前を口々に叫んだものだったのだろうが、まさに歓声=歓喜の声、と聞こえた。そう、これがグランプリなんだ! きっとスタンドもそうだったと思うが、間違いなくピットの温度も一気に上がった。

 その大きな大きなざわめきのなか、石野貴之は逃げ切った。もちろんその瞬間にも、歓声が聞こえてきた。まさに完勝。誰も影を踏むことができない、ともすれば単独でターンしているかのような先マイ圧勝。その瞬間、石野は住之江大劇場のステージで問答無用の大ヒーローとなった。ゴールして、ボートリフトのほうまで戻ってきて、スローダウンしたとき、石野はすっくと立ち上がっている。そして、スタンドに向けて諸手を力強く突き上げる! また大歓声。そのとき、石野はスタンドの視線を独占していたと言っていい。

 返す刀で、待ち構えていた上條暢嵩や山崎郡に向けて諸手を掲げた。上條と山崎の拍手がピットに響いた。石野がピットに辿り着くと、追って松井繁、田中信一郎が「おめでとう!」と声を掛けた。この巨大な先輩たちが実に嬉しそうだったのが印象に残る。その後、石野を大阪勢が囲んでのプレス撮影が行なわれているのだが、田中が「嬉しい! 還ってきた! ヘルメットが大阪に還ってきた!」と叫んでいる。その高い意識が、大阪支部を常に最強支部に押し上げているのだろう。黄金のヘルメットを奪還した石野は、そんな先輩たちの歓喜を受けて、くいっと目を細めていた。

 自信はあったという。仕上がりに問題なく、あとは己のレースをするのみ。こうしたとき、石野はほぼ取りこぼさない。その強靭すぎる芯が強力な武器なのだ。だから、レース後も歓喜にまみれるというよりは、己の信じたものを完遂したのだという満足感や充実感、達成感が強く伝わってきた。いやはや、この男はやっぱり強い。強すぎる。その精神力がある限り、石野はまだまだ我々を唸らせるほどの戦いを見せてくれるだろう。
 とにかく改めて感服した、としか言いようがない。今日の石野は圧倒的だった。強すぎた!

 それにしても、不思議な展開になったものだ。峰竜太が差したのか、それとも握ったのか、鋭角でありながらやや膨らんだようなターンとなったこともあって、さらに外の全員が外マイを放つような格好になった。磯部誠が先に引き上げていた峰に声を掛け、峰がごめんと謝っている。磯部は影響を受けて流れる格好になったから、まあそんな会話になったのだろう。

 それを磯部の背後にいて聞いていた池田浩二が「誰か差せよ」とぼそり。磯部の顔がほころぶ。たしかに(笑)。池田はもちろん自分にも言っていたのであろうが、それくらい珍しい展開だったということだ。

 回り直して単騎6コースとなった茅原悠紀はやはり不完全燃焼ということなのか、やや憮然とした表情を見せる。大きく着を落として枠番を大きくしてしまったことが改めて悔やまれるところだっただろう。

 そして、ピット離れで遅れ、5コーススローという予測もしていなかった進入となり(茅原が回り込んでいなかったら6コーススローだった)、さらに1マーク転覆という、気の毒すぎる優勝選となってしまった平本真之はもう、せつないくらいに顔をひきつらせ、落胆の色を隠せなかった。愛知3人が優勝戦に乗っていたこともあり、転覆艇の引き上げやモーターの処理などは松井繁と田中信一郎が手伝っている。そのことにさらに恐縮し、もともと小柄な平本の身体がさらに小さく見えてしまう。一昨年に続いて完走できなかったグランプリ優勝戦。しかし辛い思いは明らかに今回のほうが大きいようだった。大きなケガがなかったのは何よりなのだが……。

 そして、峰竜太だ。ピットに戻り、エンジン吊りを終えて、真っ先にカポック脱ぎ場に向かった。その頃、石野の周辺が喜びに沸いており、その場にいたほとんどの人の目は石野に注がれていた。そんななかを一人、引き上げていく峰竜太。泣いていた。涙を目に溜め、すすり上げていた。本場で流れるPR動画で峰は「石野さんが地元とか関係ない。今年に関しては、勝ちたい気持ちは僕が一番」と言い切っている。なのに、勝てなかった。大きな大きな紆余曲折があって、そして帰ってきたこの舞台。さまざまに絡み合った思いを胸に戦ったグランプリ。その哀しい涙の理由は、きっと誰もが理解できる。
 ただ、以前の峰と違って、号泣にはならなかった。カポック脱ぎ場に辿り着いたとき、峰は泣くのをやめた。堪え切った。
 そう、峰竜太は変わった。SGフル参戦する令和6年。彼は我々に何を見せてくれるだろうか。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)