ピットの、いわゆる競技棟から出たところに、一着のSGジャンパーが掛けられていた。胸には3529松本と書かれたワッペン。松本勝也さんのSGジャンパーだ。
個人的な話だが、実は僕が訃報を聞いたのはまさにこの場所だった。2月9日、ここ津で開催されていたボートレースレディースvsルーキーズバトルの取材をしていた僕は、優勝戦でルーキーズが団体戦逆転優勝に沸き、個人優勝の松尾拓がウィニングランに向かうのを、この場所から見ていたのだ。こちらも大はしゃぎで取材をしているさなか、競走会の方から「実は……」と聞いた。その瞬間、その言葉の意味がまるで頭に入ってこなかったのを覚えている。その場所に、今日は松本さんがいる。本来、この場に来るはずだった松本勝也がたしかにいるのだ。選手の奮闘を、どうか見守ってください。
金子龍介が、1Rが終わった後にジャンパーの向きを変えた。前面を水面のほうに向けたのだ。金子もやはり、水面を見てほしかったのだろう。優勝戦メンバーで、誰が最も松本さんのパワーを感じているかといえば、やはり同支部の金子だろう。金子も思いを抱いて戦うはずだ。だが、ここに来た全員が松本さんの戦友だ。金子以外の優出メンバーも、誰もがともに戦ってきたのだ。誰もが今日、このジャンパーをパワーに換え、水面を沸かせることになるだろう。
その金子は、他の5人のボートが陸の上に置かれている中、1R発売中に試運転を2周ほどした。朝イチで優出メンバーは全員が着水しているが、金子はそのまま係留所にボートを残し、1R発売中に走ったのだ。その後はボートを陸に上げている。その手応えをもとに、調整を進めていくことになるだろう。
歴戦の強者たちが集まるマスターズ、優出メンバーはそれぞれにマイペースで時間を使っている。1号艇の村田修次は1R発売中にペラをチェックし、それをボートの操縦席に置いた後は、私物の整理を始めた。最終日なので、あちらこちらでボストンバッグが開かれており、レースや調整の合間に帰郷の準備をしていくわけだ。10mほど先からこちらに気づいた村田は、ニカッと笑顔を見せておはようございます、と。やはり1号艇のプレッシャーなど、感じてはいない様子だ。
松井繁も早くからプロペラと向き合っていた一人。それを1R発売中にいったん切り上げると、モーターのチェックも始めている。プラグを差し込む手つきに力がこもる。入念に準備を進めて、いつでも水面に出られるように整えている様子だ。
前本泰和は、2R発売中にプロペラゲージの収納ケースをいくつか片付けていた。今日使用するゲージは固まっているということだろう。つまり、朝の試運転などを経て、調整の方向性にブレがなくなっているということだ。足色は優出メンバーのなかでもかなり軽快なほうだ。それをさらに研ぎ澄ます一日となっていく。
序盤の時間帯に大きな動きがなかったのは、西島義則と上平真二。エンジン吊りに出てくる西島は、Tシャツとジャージで、クツのかかとを踏みつけて履いていた。つまり、まだ控室でくつろいでいる段階ということだろう。西島のこの様子は、むしろ仕上がりに抜かりはないと考えたい。午後に入れば、最後のひと調整が行なわれるはずだ。上平は、JLCや地上波放送で流される優出メンバーインタビューを受けた後は、私物の整理をしていることが多かった。こちらも慌ててジタバタする必要はないということだ。
こうしてみると、6人が6人、大きな不安なく優勝戦を迎えられそうだ。ここからの仕上げにどう匠の技を注ぎ込んでいくのか、その気配は優勝戦の水面に立ち上ることだろう。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)