BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――貫く

f:id:boatrace-g-report:20211231185754j:plain

 結局、今日もノーハンマーだったそうだ。朝、たしかにプロペラを“触って”いるのを見たし、プロペラ調整所に向かったのも見た。しかし、叩かなかった。朝イチでギアケースを調整し、スタート特訓に出てみたら「これで行ける」と思った。もともと、モーターを受け取ったときからプロペラは24場制覇のときと同じ形だったのだ。ならば必要以上に叩く必要はない。
 それでも、昨日は5着に敗れているのだ。それで優勝戦1号艇を逃してもいる。2号艇で勝つにはさらなる上積みが必要ではないか、という思いにとらわれ、叩きたくなる思いを押さえられなくなってもおかしくはない。しかし、叩かなかった。

f:id:boatrace-g-report:20211231185856j:plain

「自分を信じる」が今年のテーマだったそうである。それをこの舞台においても貫き通した。「行ける」と思ったから、そう思った自分を信じた。ノーハンマーで行った。ちなみに、スタートも全速で行けるところからしっかり行けたそうである。それも自分を信じることにつながるだろう。
 田口節子の勝因は、何よりもそこにあったのではないか。もちろん、田口が信じた機力が後押ししたのもたしかだ。スリット隊形もよかった。そこから躊躇なく、まくりに行った。それをやってのけるだけの技量もある。それでも、やはり田口は自分を信じ抜くことで勝利を掴んだ。そう思えてならないのだ。

f:id:boatrace-g-report:20211231185923j:plain

 そんな思いを知り尽くしているのだろう。寺田千恵が涙を流して、田口を出迎えた。堀之内紀代子も泣いているように見えた。あげている声は嗚咽にしか聞こえなかった。敗れた守屋美穂も、カポックを脱ぐと田口のもとを訪れて祝福している。守屋自身は複雑な思いもあっただろうが、それでも先輩の勝利を祝った。その守屋のエンジン吊りやモーター返納があったから、金田幸子らは遅れて祝福することになっているけれども、思いは同じだろう(薮内瑞希と勝浦真帆は優勝記者会見を覗き込んでいた)。

f:id:boatrace-g-report:20211231185954j:plain

 田口も涙ぐんでいるように見える瞬間はあったが、総じて笑顔だったし、また淡々と行事をこなしているところもあった。苦しんで苦しんで勝ち取った勝利というより、自分を信じ抜いて手にした勝利。自分を信じ抜くことだって簡単なことではないが、これまで自分を追い込みすぎることもあった田口にとって、この転換は実に大きく、また自信につながるものではなかったか。その姿は、実にカッコ良かったのだ!

f:id:boatrace-g-report:20211231190030j:plain

 平高奈菜が露骨に顔を歪めていた。当然だ。1号艇で敗れ、また連覇も逃した。「連覇は意識しない」と言っていたが、1号艇で優勝を逃せば笑ってなどいられない。ウィニングランから戻ってきた田口には明るく「おめでとうございます!」と声をかけたが、すぐに真顔に戻って片付け作業をしていた。その心中は、誰もが察せられることだろう。

f:id:boatrace-g-report:20211231190107j:plain

f:id:boatrace-g-report:20211231190127j:plain

 平山智加も表情をカタくしてあがってきている。6号艇で、そりゃあ勝機は薄いかもしれないが、まったく諦めていなかった証左と言えよう。守屋美穂も、田口のもとを訪れたと書いたが、ピットにあがってきた直後はやはりカタかった。4年連続優出も、なかなか結果を出せないという現実にはやはり笑顔が浮かぶわけがない。

f:id:boatrace-g-report:20211231190158j:plain

 惜しい2着の遠藤エミだって、ヘルメットを脱いであらわれた表情はやはりこわばったものだった。果敢に握ったレースは称えられて然るべきだが、本人にそんな発想はひとつもないだろう。負けたレースでしかないのだ。2着という勝利に最も近い結果は、逆に最も悔しさを増幅する結果かもしれない。

f:id:boatrace-g-report:20211231190254j:plain

 初出場で健闘した渡邉優美も同様だ。昨日のレース後に見せた表情とは正反対。つまり、勝ちに行ったレースで結果を出せなかったことだけが胸中を占めていたのだ。渡邉はモーター返納後、ピットのさまざまな関係者のもとに駆けていって頭を下げていた。デビュー以来、ずっとお世話になり、そして今節の彼女にエールを送り続けてくれた人たちだろう。その誰もが渡邉に言葉をかけ、つまり健闘を称えていた。渡邉にとって、この福岡クイクラは地元であるということであると同時に、長く見守ってくれた人たちの前で立つ晴れ舞台だった。だから今年はとにかく出場したいと願っただろう。それを叶えたからには、今度はこの舞台の常連となって、福岡に帰るたびに強くなった渡邉優美をその人たちに見せなければならない。とにかく、今節はナイスファイトでした!

f:id:boatrace-g-report:20211231190348j:plain

 田口はこれでクラシック出場の権利を得たわけだが、それでも「大きな目標は特にない」と表彰式で語っている。これはすなわち、本気で「一走一走、目の前にベストを尽くす」と考えていることと同義である。そしてそこには「自分を信じて」という言葉が常に付加されるのだろう。僕は個人的に、その境地に至ることができた田口節子は、もっと大きな仕事を成し遂げてもおかしくないと思うのだが、どうだろう。たとえそうだとしても、きっと田口は己を曲げることはない。そうすることで、強い田口節子をファンに見せつけていく。

f:id:boatrace-g-report:20211231190413j:plain

 個人的には、あの第1回大会で本当につらそうにしていた(優勝戦1号艇なのに!)田口を憶えているだけに、今回の心技体揃って強さを見せた田口節子に感慨を覚えます。あのとき見られると思ってしかし見られなかったティアラ姿も見ることができて、なんだか嬉しかった。またどこかの舞台で、強い田口節子が見られることを信じる。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)