BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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ボートレースの奥深さを思う前半ピットから

 ピットから控室へとつながる出入口の脇に、スリット写真の電光掲示板が設置されている。選手たちはレースを終えて控室へと戻る際、走ったレースのスリット写真を自然と目にすることになる、そんな配置だ。
「あれ? こんなに遅いんだ」
 徳増秀樹がその掲示板に目をやりながら、ぼそりと呟いた。1号艇1コースの舳先はコンマ20のラインにも届いていなかった。これが敗因のひとつということになるのだろうが、徳増はまさかそんなタイミングだとは思ってもいなかったようだ(コンマ22だった)。

 勝った土屋智則が掲示板の前に差し掛かったとき、後方から深川真二が声をかけている。
「土屋、早いだろ、あれは」
 土屋が振り向いたとほぼ同時に、深川が声のトーンを変えて驚いたように言った。
「えっ、こんなに遅いのか!?」
 土屋に声を掛けた瞬間、スリット写真が目に入ったのだろう。4号艇で2コースを奪った深川の舳先は、コンマ20のラインにちょうど乗っかっている感じ(コンマ19だった)。深川も徳増と同様、もっと早いスタートを決めたと感じていたわけだ。だから、自分より前にいた3コースの土屋はかなり早いタイミングではないかと、「早いだろ」と声をかけたことになる。それが、自分は勘より遅かったし、土屋も特に早いスタートではなかったことを知って、深川は驚いた。

「ですよね。もっと早く見えましたよね」
 土屋は深川にそう返した。土屋自身、キワのスタートになったのではないかと感じていたのだ。実際はコンマ12。これがトップスタートで、そして勝因のひとつとなった。
 選手たちは、フライングだけは避けようと、そのなかで質のいいスタートを決めようと、集中してレースに臨んでいる。だから深川の言葉には「土屋、早すぎたんじゃないのか? 気を付けたほうがいいぞ」というような意味も本来は込められていたのだろう。フライングを是と考える選手など、一人もいない。

 それにしても、不思議なものである。スタート勘がズレていたときはたいがい、選手たちの感覚は一様である。「スタートが届かない」というときは6人が6人、そう感じている。「スタートが届きすぎる」というときは6人が6人、そう感じている。1人が「届かない」と感じていて、あとの5人が「届きすぎる」と感じているようなことはほとんどない。というか、スタートについてのコメントを耳にするとき、そういうケースは今まで聞いたことがない。それだけ選手たちはスタートについて感覚を研ぎ澄ましているということだし、そして気象条件や水面状況が(あるいはそれ以外の要因が)わりと簡単に選手の感覚にズレを生じさせる。選手たちは常に、そうしたものと対峙しながらレースを戦っているというわけだ。

 スタートは勝負を分ける重要な要因のひとつ。それがまた、かくも難しい領域にある。1Rは改めて、そんな奥の深さを教えてくれる。それにしても、ここに揃うのは「チャンピオン」と冠される戦いに臨む、すなわちトップレーサーばかりなのである。それだけのハイレベルな選手たちでもスタートには苦心することもあるわけだから、やっぱりボートレースという競技は凄いことを行なっているのである。あ、あとこのあと準々決勝戦を控えている土屋は、ここでスタート勘を修正できるのは大きいと思います。

 2Rを押し切った平本真之が控室へ戻る際、峰竜太と大笑いしながら話していた。どうやら、そちらの弟子に追い詰められた、あいつこんなこと言ってたよ、みたいな話だったようです。

 追い詰めた弟子はこちら! 定松勇樹です。素晴らしいターンを繰り出し、道中もあと一歩まで迫ったものの及ばず2着。ピットに戻った瞬間は、悔しそうな表情も見せておりました。ナイスファイトだったぞ!(PHOTO/中尾茂幸 黒須田 TEXT/黒須田)