BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――経験

 会見でも「1回目のときよりはリラックスできていた」と証言していたが、たしかに今日の土屋智則は平常心で過ごしているように見えていた。これが経験の強みということか。まったく緊張がなかったとは思えないが、それでも平静を欠くようなところはなかったはずである。
 心配だったのは、実はスタートである。午後になって向かい風が強まり、11Rの風速は4mとなっている。ピットにいた実感ではもっと強かったような気もしていて、土屋のスタート展示でのタイミングはコンマ24。2コースの宮地元輝がコンマ07だったから1艇身ほども後手を踏んでいる。その向かい風が、本番では弱まった。しかも11Rの発走のころから雨も降りだして、気温も低下。思いのほか回転が上がる可能性があった。風が弱まり回転が上がり……本番でのスタートの調整が難しい状況だったのである。それは土屋に限らず他の選手も同じことだが、コンマ24という遅いスタートを過不足なく前に持っていけるのか。ヘタをすれば行き過ぎる可能性だってあるのだ。

 杞憂であった。土屋はコンマ13のトップスタート。見事なスタート力である。そしてそれを発揮できたのは、やはりメンタルの部分も仕上がっていたことがひとつの要因であろう。土屋のイン戦は、差され率がかなり高いというデータがあるわけだが、このスタート(全速だったそうだ)を決められれば、あとは自分のターンをするのみ。差される可能性は極めて低くなったと言うしかない。イン圧勝。土屋は機力も気力も仕上げて、完璧なレースで2度目のSG制覇を果たしてみせた。

 面白かったのは、土屋より同期の西山貴浩のほうが緊張していたことだ。11Rのエンジン吊りに出てきた西山は明らかに様子が違っていて、実際「僕のほうが緊張していて、昨日は4時まで寝られなかった」と言う。だから土屋の部屋を覗きに行って、ちゃんと寝ていたから大丈夫大丈夫、と続き、西山のことだから話を盛って笑わせようとした可能性もおおいにあると思うのだが(笑)、なにしろ昨年のクラシックを土屋が制したとき、西山は不在だったのである。目の前で同期がタイトルを獲る。それが今、実現しそうだという事実が、西山を妙にカタくさせたのだろう。
 土屋が逃げ切った瞬間、西山は笑みを浮かべて手を叩くのみ。その後も静かにレースを見続けて、ターンごとに手を叩く。あのお調子者の西山貴浩が、穏やかに水面を見ていたのだ。感動していたのは明らかだ。そして、土屋のSG制覇を目の当たりにしたことで、次は俺もという思いが強くなっただろう。土屋がピットに戻ってきたとき、スタンドから「次は西山だーっ!」と声が飛んだ。西山の耳にはしっかり届いていて、聞こえたかと尋ねたら「あったりまえですよ! 見とってくださいよ!」と力強く去っていくのだった。

 そんな西山にあおられるように、レース後の土屋は軽くはしゃいでみせた。プレス撮影では指でキュンを作ってみたり、ウィニングランから戻ってきて池上カメラマンにギャルピースで応えてみたり。ギャルピースは一応SG2Vということのようですが、関浩哉が「キャラ崩壊」と苦笑いしていた……(笑)。つまり、2度目のSG制覇は土屋に本当の意味で、自身がSGウィナーとなったことを実感させたのではないかと思う。

 そして、今年後半は去年の経験――クラシックを獲ってから守りに入ってしまった――を活かして、攻めていきたいと会見で語っている。たしかに、いったんはクラシックで賞金ランク首位に立ちながら、そこからランクをずるずると下げ、12位でのグランプリ出場だった。それをおおいに反省したようで、だから「1位で行くつもりで頑張ります」と力強く宣言した。このグラチャン優勝で5位に浮上。つまり、さらにランクを上げていくという宣言でもある。あるいは、今後のSGやGⅠでも活躍するという宣言だ。経験を大きな糧にして、土屋はさらに大きな存在になっていくことだろう。まずは次のオーシャンカップも楽しみにしていよう。

 オールスター優勝戦後はガックリと肩を落とし、疲れ切った表情を見せていた宮地元輝は、今回は対照的に確かな足取りで戻ってきている。瓜生正義選手会代表の労いの言葉にも、力強い表情を見せてもいた。2着という結果、これはもちろん満足するものではないだろうが、何しろ常にファンを見続ける男である。最低限、自分を応援してくれるファンの舟券には貢献できたということが、少しばかりの納得を宮地に与えたということか。繰り返すが、これで満足などしていないのは明らかで、次こそは頂点に立つと意を強くしたのだと思う。

 印象的だったのは、上條暢嵩が爽やかな表情を見せていたことだ。もちろん勝てなかったことは悔しい。ただ、やれるだけのことはやったのだという思いもあったのではないか。優勝戦ではただひとり、セット交換を行なっていないモーターで戦い、それでも前半記事で書いたようにリング交換でパワーアップを模索し、効果が薄いと判断してやり直し、あとは懸命なペラ調整で優勝戦に臨んだ。結果にはつながらなかったが、やはり次こそはという思いが高まったはずである。次は22年クラシックでSG初優出、準Vの実績がある大村オーシャン。さらなる躍進は十分期待できるだろう。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)