10Rのエンジン吊りにあらわれた三井所尊春が、
そのままボートリフトの前に居残った。住之江のリフトは、
目の前に2マークが見える。だから、トライアルが始まると、
ここでレース観戦をする選手も多い。
ただ、まだ10Rが終わったばかりの頃に、
三井所はここから水面を見つめた。言うまでもなく、
水面で行なわれていたのは、トライアル11Rの展示である。
三井所の視線の先にあったのは、
まず間違いなく峰竜太だろう。後輩の走りをここで見守る。
すでにリフトの周囲には選手の姿はなく、
三井所は一人、静かに水面を見つめたのだ。
峰の気配はどうだ。いや、単純に、竜太がんばれ、
の気持ちだったか。展示が終わるまで、
三井所は視線を水面からそらさなかった。
エンジン吊りが終わると、ピット内には
帰宿バスの1便が発車する旨のアナウンスがかかる。
通勤着に着替えた選手たちが、
控室からピットの隅に停車しているバスへと向かっていた。
そのなかに、山田哲也の姿があった。
まだまだ若手の部類に入る山田だが、
おそらく1便に乗るよう指示もあったのだろう。
それに、宿舎でも食事の準備などがあったりして、
山田はその要員でもあったのだと思う。
バスに乗る前に、山田はいちどだけ踵を返している。
向かった先は山崎智也。
展示ピットにボートを移動させる準備をしていた智也に、
山田は声をかけたのだ。
距離があったため聞き取れなかったが、
たぶん「お先に帰らせてもらいます」の類いであろう。
「頑張ってください」くらい付け足していたかもしれない。
智也は右手を軽くあげて、山田に応える。
山田は一礼してバスへダッシュ。関東から唯一、
トライアルを走る先輩のレースを、
山田は宿舎でどんなふうに見ていただろうか。
ペラ調整室の前から
トライアルの展示を見ている桐生順平がいた。
新兵である桐生は、たとえ自分の作業が
すべて終わっていたとしても、ピットに残る必要がある。
残る以上は、その時間を無駄にはしない。
桐生はペラ調整を続けており、
エンジン吊りを終えてペラ室に戻る前に、水面を凝視した。
言ってみれば、賞金王決定戦の展示をナマで見たのだ。
桐生はレースの時間になるとリフト前にやって来て、
やはりナマでレースを観戦していた。
「凄い。なんかすごいとしか言いようがない。
ほんと、いいっすね~。こんな言い方はおかしいかもしれないけど、
楽しそうに走っているように見えますよ」
初めて現場で目の当たりにする賞金王決定戦。
桐生はその空気を、雰囲気を、
迫力を全身で体感している。
感動し、興奮し、そして羨ましいとも感じているのだ。
そう、僕は桐生の言葉のキモは「楽しそう」だと思った。
それは、自分がこの舞台に立つことを現実的に
想像しているということにほかならないからだ。
「もちろん頭の片隅には……ね」と言った桐生に、
じゃあ来年、と煽る。「来年は早すぎますよぉ~」
桐生は笑ったが、本当に早すぎるか?
SG優出を経験したということは、
SG優勝の可能性を手にしたということだ。
昨年、96期の篠崎元志が決定戦に出場したことを考えれば、
その2年後に篠崎の2年後輩の桐生が出場するのは
不思議でもなんでもない。
「でも、いつかは……ね」 そう言い残して
リフトへと向かった桐生が、
いつかこの時間帯にレースをしている日が来ることを信じたい。
さて、賞金王初出場→初優出から
7年も経つのかあ、の笠原亮。
今節に限らず、この人が1便で宿舎に帰るのを見たことがないな。
今日も残ってペラ調整。
とことんやらねば気が済まないのだろう、
12R発売中にもペラ室で集中している姿を見かけた。
12R直前、前夜版を覗き込みに笠原がやって来た。
1R6号艇。今節は1号艇のない5回走りだから、
普通は6号艇も回ってこないが、
帰郷者が出たことで最後に緑カポックで戦うことになった。
最終的に当欄ではボーダーを5・60と想定しているが、
ピットで話している時点では6・00として必要着順を計算する。
2着勝負。6号艇はキツい?
いや、この人が好調な時は、コース不問なのである。
「そうなんですよぉ~!」 笠原自身もそれを否定はしない。
今節惜しかったのは昨日の前半
。3コースからのまくり差しで先頭を走ったのに、
逆転を喫してしまった。失った2ポイントがあれば、
明日はもっと楽に戦えるのに……、もったいなかったですね。
「そうなんですよぉ~……」
今度は顔が悔しさに歪む。明日の1R、
4号艇には西島義則がいる。
動いて内が深くなれば展開は充分!
明日は「よっ、見事なまくり差し!」
「そうなんですよぉ~」のやり取りで、
爽快な“してやったり顔”を見せてほしいぞ!
(PHOTO/中尾茂幸=三井所、笠原 池上一摩=山田、桐生
TEXT/黒須田)