11Rがあと数分で始まろうという頃、
廣中智紗衣が装着場に置かれた
自らのボートを磨き始めた。
SGでもよく見かける光景。今垣光太郎、白井英治、
佐々木康幸、笠原亮、江口晃生あたりが常連で、
相棒を愛おしむように布きれで丁寧に磨き上げる。
女子王座では……ん? これが初めて見る光景だ!
たしかに、昨日までの終盤戦の時間帯では見た記憶がない。
見逃してるだけ? そうかもしれないが、
SGに比べれば確実に目立っていないのだ。
廣中は、モーターの装着部分やヘリの部分などを、
小さく畳んだ布きれでゴシゴシとこすっていた。
丁寧に丁寧に、まるで祈りをこめているかのように、
磨き続けるのだった。
え~、いつの間にぃ~!?
鵜飼菜穂子がJLCのスタッフに
準優1号艇であることを教えられて、素っ頓狂な声をあげていた。
なんだかかわいらしかったぞ!
というのはともかく、そう、鵜飼菜穂子は予選3位で準優白カポック。
いつの間に、って、この成績なら当然とも思うのだが、
その成績を名人世代にしてきっちり積み上げたのは、
やっぱり素晴らしいことだ。
その後も平山智加とこそこそ話をしたり、
人と接するとお茶目で明るい雰囲気を醸し出している鵜飼。
一方、たとえばレース前や、
レースの準備をしているときの姿は、
近寄りがたい空気に包まれていたりもする。
背筋がピンと伸び、少しうつむき加減に歩いている鵜飼は
きっと、コース獲りも含めた作戦を練り上げているのだろう。
10R、レース間のスタート練習は4コースから行っていたのに、
本番はしっかりインを獲っている。
そうした戦略が鵜飼の脳裏ではうごめいていて、
それが鵜飼の表情を戦士のそれに仕立て上げるのだと思う。
8Rを逃げ切って予選突破を決めた守屋美穂が、
9R後にボートを着水しようとしていた。
準優のために試運転でさらに感触を確かめようというのか?
いや、違う。守屋のボートには「試」のプレートではなく
「6」という数字が着いているのだ。
守屋は今日、12Rの一般戦にも出走することになっていた。
メンバー中、唯一の準優進出。勝負駆けを成功させた後に、
得点率とは無関係のレースに出るのはどんな心境なのだろう。
もちろん守屋は手を緩めるつもりはまったくないようだった。
着水したのは、もちろん12Rを万全に戦うため。
試運転で感触を確かめるなど、
それこそ勝負駆けに臨むかのように、
精力的な動きを見せていた。
予選突破の感想など聞きたいこともあったのだが、
その余裕を見つけることはなかなか難しかった。
レースでも6コースから2番手争いに持ち込み、
3着は取り切っているのだからお見事。
3月の多摩川ではどこか思いつめるような表情も見えていたが、
今回はさすがにハツラツと見える。
若い選手がイキイキと動く姿は、
やっぱり爽快だし、魅力的である。
つらつらと書いてきたが、勝負駆けは
意外とあっさり風味だったように思う。
山川美由紀が9Rで早々に予選トップを決め、
10Rでは平山智加、鵜飼菜穂子の山川に次ぐ
二人がワンツー。予選上位争いはさらりと決まっている。
ボーダー争いもそれほど苛烈ではなくなっていて、
10Rを終えてボーダーは6・40と高い数値ながら、
19位が5・83と大きく離れていた。
11Rメンバーでは、19位以下から自力で
ベスト18に逆転できる選手はおらず、
18位以内の選手でもそれほど
厳しい条件で走る選手はいなかった。
その時点ですでに準優メンバーが決まったかのような
錯覚にとらわれたほどだ。
逆転の可能性があったのは、金田幸子。
1着6・00で、それだけでは次点に食い込むまでだが、
宇野弥生か武藤綾子が大敗すれば、
潜り込むことができていた。
あ、横西奏恵もか。でも1号艇の奏恵ちゃんの大敗は
ちょっと考えにくかったもんなあ。
で、金田は結局シンガリに敗れる。
エンジン吊りを終え、ヘルメットを脱いだ金田は、
「チッ」というふうに唇を歪めた。ドキッとした。
金ちゃんのイメージとはまるで違う表情だったからだ。
ひょうきんで、ちょっとナーバスでもあって、
でも飄々としている金ちゃんに、
正直、勝負師の顔は想像できなかった。
でも、これで当たり前なんだよな。
女子王座に常連として出られる実力は、
敗戦を真っ向から悔しがる気持ちが
裏打ちしているものなのだ。
このレース、熱かったのは4着争い。
宇野弥生と武藤綾子はともに
4着条件の勝負駆けだったのだ。
上位3人の隊形は固まって、あとはどちらが先着するか。
結局、宇野が先着し、でも4着じゃ少しも嬉しくない
という表情をレース後に見せていたわけだが、
一方5着に敗れた武藤の周りには
同期の海野ゆかりや、角ひとみ、谷川里江らが
集まってきて、声をかけていた。
細かい得点率状況を知っていたかどうかはともかく、
この大敗が痛いのは当然。
海野は渋い顔になっており、
何かを告げられた武藤はヘルメットの奥で
目を丸くしてもいた。おそらくジワジワと
悔恨が滲んできていただろう。
勝負駆けへの感情が強く見られたのは、
これくらいだったか。
10Rで4着に敗れたことで得点率が
6・00を割り込んでしまった岩崎芳美も、
表情をやや硬くしていたが、
あえて言うならそれを付け加える程度。
レース前、岩崎は実に柔らかい笑顔を向けてくれていて、
ちょっと身びいきが入っていたから、
気になった感じですかね。
やっぱり、ややあっさり風味の勝負駆けだったのである。
で、予選トップは山川美由紀!
開会式で「田口選手の3連覇を阻止!したいな~」と
言っていた山川だが、これで「阻止!したい!」くらい
強気なことを言えるのではないかな?
平山智加が10Rで6コースから見事な1着を獲ったあとには、
出迎えて声をかけ、さらにニコニコッ!
まさか後輩への宣戦布告だったはずはないが、
その笑顔は最高の精神状態にあることを示していた。
明日快勝したら、「阻止!」と言い切ってよろしいのでは?
あ、もちろん田口節子が優出していれば、ですが。
(PHOTO/中尾茂幸=廣中、武藤、岩崎 池上一摩=それ以外 TEXT/黒須田)