いやはや、こんなにも爆笑に包まれた
優勝戦後のピットは見たことがない。
なぜ大爆笑が巻き起こったのか。
立役者は「ひめちゃんボート」である。
若松のマスコットであるひめちゃんをドドーンと
デコレートしたウイニングラン用ボート。
その風貌も凄かったが、
操縦席はブルーのLEDライトも装飾され、
その存在だけで選手たちの笑いを誘っていたのだ。
そこに優勝した山川美由紀が乗り込んだから、
さらに爆笑! ウイニングランに向かって
走り出すと、「アハハハハハハハ!」ととてつもない
爆笑がピットに充満していた。
山川がファンの前を走っている最中には、
対岸で花火がドドーン! 選手たちは、
大笑いしながら大拍手!
たしかにひめちゃんと花火のコントラストはなかなか見事であり、
そして笑える。 この笑いは、山川が帰ってくるまで
途切れることなく、山川が誇らしげにピットに到着するともういちど、
大爆発するのだった。 その爆笑のあとには大拍手!
特に渡辺千草や谷川里江、寺田千恵らベテラン組が
嬉しそうに山川を出迎え、ともに喜びを分かち合っていた。
山川の笑顔はいつまでも消えることなく、
女王戴冠の喜びと仲間の祝福への感謝で輝いていた。
そんな爆笑の輪の中で、涙を流していたナデシコもいる。
また1号艇を活かせなかった……
三国に続いて白いカポックで敗れた平山智加は、
やはり悔し涙にくれていた。レース前の雰囲気は、
三国時に比べればずっと柔らかに思えた。
もちろん緊張していなかったわけがないが、
それが平山の手足を固まらせるものには思えなかったのだ。
スタートタイミングはコンマ16。
1艇身だから、上々のスタートだ。
そして1マークも失敗したわけではない。
先輩のトップスタートからのカドまくりが
豪快に自分の頭を超えていっただけだ。
2~3コースがヘコんだのも不運だった。
しかし、敗戦は敗戦。
平山にはどんな慰めも癒しにはならないだろう。
平山とともに、同期の松本晶恵も泣いていた。
むしろ、松本のほうが悲しんでいるようにも見え、
平山が松本の肩を叩いて励ますかのように
振る舞っている姿もあった。同期の思いを知っている松本は、
我がことのように悲しみ、もしかしたら平山を癒したのは
友の気持ちだけだったかもしれない。
田口節子も泣いていた。モーター返納後、
田口は整備室の物陰に身を移している。
人目を避けるようにして、涙を流す田口。
それを寺田千恵が必死に慰めている姿があった。
スタートを決められず、巧旋回で残したものの
2マークでは大きく流れた。田口にしては珍しい大回りのターン。
田口は本気で3連覇を狙っていたのだ。
心の底から、3連覇をもぎ取ると決意していたのだ。
あの2マークのターンは、一か八かの全速旋回。
それが流れて着を落とすことになろうとも、
田口には1着しか意味がなかったのだ。
レース前、最後まで調整をしていたのが、田口である。
展示ピットにボートを移動するギリギリまで、
係留所とペラ室を往復した。1周試運転したあと、
すぐに陸に上がってカポックを着たままペラ室に全力疾走し、
係留所にやはりダッシュで戻って、感触を確かめる。
やっぱり本気だったのだ。 その思いが宙に浮いて消えたとき、
涙が出るのは当然だろう。
三国で感激の涙を流し、多摩川では最高の笑顔を見せた
田口節子は、若松の夜に泣いた。
その本気の涙は、本当に美しいものだったと僕は思う。
他の敗者たちも、もちろん悔しい思いを抱いたであろう。
香川素子は、モーター返納作業をしながら、唇を尖らせていた。
あからさまな不機嫌な表情。一瞬だけ生まれた表情ではあったが、
だからこそそれはどこまでも本音の発露であろう。
池田浩美も表情はカタい。
実は田口ともう一人、ギリギリまでの調整を続けたのが池田だ。
展示ピットにボートをつけたのは、田口よりも遅かったくらいだ。
姉の明美や長嶋万記に見守られながら、
とことん整備を続けていた浩美。だからこそ、
同じメンバーに囲まれたレース後、
悔恨を共有して憂いの表情になるのも当然である。
そんななかで、比較的淡々としていたとするなら、日高逸子だ。
地元で優出できたことで責任を果たせたと言っていた日高。
それが心からの本音のわけはないのであるが、
しかし2番手争いを制して準Vとなったことは、
安堵の思いも浮かばせたはずだ。
だから、レース前と同じような機敏な動きと早い足取りで、
日高はモーター返納を行なっていた。
そう、レース前とも変わらないレース後の様子には、
大きな悔恨というものは見つけにくかったのだった。
というわけで、真夏の夜の女王となったのは、山川美由紀である。
これで女子王座3V。鵜飼菜穂子、横西奏恵に並ぶ
歴代最多タイである。会見で山川は、
何度も「ツイてた」と語ったが、それだけのはずがなかろう。
4カドまくりは、決定的に「自力」の勝利なのだ。
しかも「今回は獲る気で若松に来た」とも言っている。
ツイていたとするなら、そのツキも自力で呼び込んだとしか
思えないのだ。 これで暮れの賞金女王決定戦への出場も
ほぼ確実のはず。インの強い大村で、
ふたたび必殺まくりを見せてほしい!
その期待を胸に、師走の発祥地に僕は向かうことになるだろう。
(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩=ウイニングラン TEXT/黒須田)